日本経済の繫栄のために国際経済ルールをどう解釈、運用すべきか

法学部地球環境法学科
教授
川瀬 剛志

WTOやCPTPP(“TPP11”)など、国家間の経済関係を規律する国際経済ルールを研究している法学部の川瀬剛志教授。アメリカのTPP離脱や米中貿易戦争、更にロシアのウクライナ侵攻に対する経済制裁など異例の事態が続く今、国際経済ルールを研究する意義とは?

iPhone1台を作るために部品や資材を供給している企業は、500とも700とも言われており、アップル本社のあるアメリカから、アジア、欧州、南米、そしてアフリカにまで全世界にわたっています。このように、複数の国とスムーズにサプライチェーンの展開ができるのは、国際経済ルールの下で、グローバルな貿易取引や投資が自由にできる環境が保証されているからです。

私が専門にしている国際経済法は、こうした国際経済ルールを研究する学問です。有名な国際経済ルールとしては、モノやサービスの貿易に関するさまざまな基本原則を定めたWTO協定や、環太平洋諸国が締結する自由貿易協定の一つであるTPPがあります。私の研究はこうしたルールが実際にどのように解釈、運用されているかを法学の視点から探り、問題点や課題を明らかにすることです。

国際経済ルールの意義や正当性がゆらいでいる

現在、国際経済ルールは曲がり角を迎えています。象徴的な出来事は2017年、アメリカのトランプ政権がその初日にTPPを離脱し、中国の輸入品に一方的な制裁関税を課し、更にWTOの裁判機能を妨げるような行為を始めたことがあります。特に中国も同じような関税上の措置をとってアメリカに対抗したことから、貿易戦争が続いているのです。

また、ロシアのウクライナ侵攻に対し、各国がロシアに経済制裁を行うことも、本来、自由な貿易、投資を保障する国際経済ルールの原則から言えば異例の事態です。中国やロシアのような権威主義・国家資本主義の国々の存在感が高まる中で、欧米は自国の経済安全保障のために、5G通信、量子コンピュータや半導体のような戦略的技術・物資や、医薬品、レアメタルやエネルギーのような重要物資・資源、食料の貿易については信頼できる国々の間のみで行うべきではないかという考え方に変化してきています。こうした中、果たして従来の自由貿易体制のルールで十分なのか、十分でないとすれば、今後、どう変わるべきかを論じることが、私の主要な研究テーマとなっています。

研究方法は、他の法律分野と同様、関連資料を読み込む作業が中心です。経済紛争裁判の判例文や国際機関・各国政府の公文書、学術論文や研究書などをコツコツと読み解いていきます。例えばWTO協定にかかわる重要事件の判決文は、一審のものだけで1,000ページにおよぶこともあり、根気が必要です。

一方、国際経済ルールの働きや海外政府との交渉が実際にどう行われているか、また、ルールがどのように企業活動に影響するかを知るために、政府や国際機関、企業の担当者と直接、議論することも欠かせません。私自身も政府での勤務経験がありますが、このように生きたグローバル経済の動態を眺めることができる点が研究の魅力でもあります。また、研究で明らかになったことは論文としてまとめるだけでなく、一般の方々に広く知ってもらうために新聞などメディアに寄稿したり、取材に応じたりもしています。

他国と比べ不足している専門家をいかに育成するかが鍵

研究をする際は日本経済が繁栄するためのヒントを導くことを常に意識しています。例えば日本はアメリカなどと違い資源がとぼしいので、貿易取引が停滞すると、国民生活に多大な影響がおよびます。これを避けるためにはアメリカ一辺倒ではなく多国間との関係を維持していく通商政策が必要と考えています。

国際経済ルールについての知見は経済や政治にとって欠かせません。官庁や企業でもこの分野の専門家が求められていますが、他国に比べると圧倒的に少ない。このため、残りの教員人生は人材の育成にも注力し、若い方々にこの学問のおもしろさや魅力をもっと伝えていきたいですね。

この一冊

『ヒルビリー・エレジー』
(J.D.ヴァンス/著 関根光宏、山田文/訳  光文社)

グローバル化で衰退した工業地帯(「ラスト・ベルト」)、アメリカ・オハイオ州出身の著者が、白人労働者階級の現状と苦悩を紹介。トランプ政権下のアメリカがなぜグローバル経済体制を敵視するのかが、よくわかります。当時の鉄鋼業の町の様子を歌ったビリー・ジョエルの「アレンタウン」を聴きながら読むと、さらに理解が深まります。

川瀬 剛志

  • 法学部地球環境法学科
    教授

慶應義塾大学法学部卒、米Georgetown University Law Center 修了(LL.M.)。神戸商科大学(現・兵庫県立大学)商経学部助教授、経済産業省通商機構部参事官補佐、大阪大学大学院法学研究科准教授などを経て、2007年より現職。

地球環境法学科

※この記事の内容は、2022年8月時点のものです

上智大学 Sophia University