炭素繊維を含む複合材料を能率的に切削・成形する加工技術を開発

精密工学における加工計測と機能性評価の観点から、付加価値を持つ材料加工技術の開発に取り組んでいる理工学部の田中准教授。現在は、多分野に適用が広がるCFRP(炭素繊維強化樹脂)の加工方法の研究に力を注いでいます。

私が研究対象としているCFRPは、樹脂と炭素繊維を組み合わせて強度を高めた複合材料です。軽量でありながら鉄鋼材料と同等の強度を備えているため、航空宇宙産業からスポーツ用品まで、幅広いものづくり分野で材料として活用されています。機能の進化とともに適用範囲も広がり、現在の航空機では機体材料の約50%に炭素繊維を含んだ複合材料が用いられています。

一方、炭素繊維が硬いという特性を持つがゆえに切削加工が難しく、加工時の工具摩耗が激しくなることがCFRPの課題に挙げられます。一般的にCFRPの成形には金型が用いられ、切削加工を必要とするのは穴開けや最終仕上げなど一部の工程に限られます。とはいえ、近年は小型部品の材料として炭素繊維を含む複合材料を適用するケースが増加。精密な切削加工のニーズは高まっており、さまざまな企業や大学で加工方法の研究開発が行われています。

既知の技術を組み合わせ、新たな切削加工方法を提唱

工具の摩耗を低減しつつ能率的に加工を行うため、CFRPの切削には通常、摩耗に強いセラミックスやダイヤモンドを超硬合金製工具の刃先にコーティングする方法や、電気エネルギーを利用した放電加工が用いられます。これに対して、私たちが企業と共同で研究開発している「放電援用旋削加工(EDAT)」は、放電により炭素繊維を選択的に切断した後に、残された樹脂と切断された炭素繊維を工具で旋削するハイブリッドな加工方法です。空気中で放電処理を行う点が既存の加工方法との違いで、先行実験では炭素繊維の残存を抑制することで工具摩耗が低減され、従来の放電加工よりも短時間で切削できることが実証されています。

さらに実験を重ねるなかで、従来の放電加工よりも安全な低電圧帯で炭素繊維が切断される、これまでの知見では説明できない現象も確認されています。おそらく放電と部分的な通電が断続的に組み合わさった複合的な状態によって起きていると推測され、現在はこの現象を能動的に再現する加工方法の開発と並行して、低電圧で炭素繊維が切断されるメカニズムの解明に取り組んでいます。

軟らかい樹脂の加工で、硬い工具が摩耗するのはなぜ?

材料の種類は日進月歩で増えています。特に樹脂材料の進化速度は目覚ましく、炭素繊維との組み合わせ方は多種多様になっています。使用目的に合わせて素材を自在に選択するCFRPは、いわば標準品のないオーダーメイドの材料。それぞれの特性に合わせた最適な加工技術が存在するため、非常に大きな可能性を秘めた研究分野だと言えます。実際に加工技術の開発研究は入口を過ぎたばかりで、私自身の研究活動も中間点にさえ至っていないと感じています。また、宇宙という特殊な環境での適用が進んでいる点も、CFRPという研究対象の大きな魅力。世界各国で宇宙開発産業が再脚光を浴びているなか、その助力となり得る技術を開発することも重要な研究テーマだと考えています。

省エネ性能に優れる次世代モビリティ(自動運転などの進化型移動手段)への適用など、CFRPの需要はさらに拡大することが予測されています。研究者としての今後の目標は、多角的なアプローチでCFRPの研究に注力し、社会ニーズに応えること。そして、いつか「軟らかいはずのプラスチックを切削することで、なぜ硬いはずの工具が摩耗するか?」という根源的な疑問への解答を見つけたいと思っています。

この一冊

『文明の生態史観』
(梅棹忠夫/著 中公文庫)

日本が工業国として先進国になり得た理由が、地政学的な視点で考察されていて深く感銘を受けました。「もの」に対する日本人の精神性を理解するうえで、ものづくりに関心を持つ高校生にぜひ読んでほしい一冊です。

田中 秀岳

  • 理工学部機能創造理工学科
    准教授

金沢大学工学部人間・機械工学科卒、金沢大学大学院自然科学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。金沢大学工学部教務補佐員、JSTサテライト新潟研究員、長岡技術科学大学工学部機械系助手、長岡技術科学大学工学部機械系助教、スイス連邦工科大学チューリッヒ校客員研究員などを経て、2015年より現職。

機能創造理工学科

※この記事の内容は、2023年9月時点のものです

上智大学 Sophia University