理工学部の三澤智世准教授は、さまざまな化学反応を媒介する金属錯体の設計・開発を進めています。研究の進展は、人工光合成システムの実現や新エネルギーの創出、ひいては地球温暖化対策にもつながっていくと話します。
自然界や生体内には、金属イオンの周囲に配位子とよばれる有機物や無機物が結合した金属錯体が存在します。身近なところでは、鉄イオンに有機物が結合したヘム鉄をもつ、血液中のたんぱく質ヘモグロビンがあります。私の専門分野は金属錯体化学で、コバルト、鉄、ルテニウムといった遷移金属の周りに多様な配位子を結合させることで、さまざまな化学反応を媒介する金属錯体を設計し、つくることを目的としています。
特に注力しているのは、自然界の常温常圧に近い条件で、高い反応効率を持つ金属錯体の開発です。自然界に存在する金属たんぱくの中には二つ以上の金属が反応点となるものが多くあります。私が目指しているのは、一つの分子に二つ以上の金属を持つ錯体の設計・開発です。「天然に学び、天然を超える」。これは私の好きな言葉で、研究のモチベーションにもなっています。
水やメタンなどの小分子の酸化反応を促す金属錯体を開発したい
最近、関心を持っているのが光合成です。植物は太陽光エネルギーを使い、水と二酸化炭素から酸素と炭水化物をつくっています。光合成の最初のステップが水の分解、すなわち電子を取り出し、水素イオンと酸素を放出する「酸化」反応になりますが、詳細なメカニズムは、実はまだ解明されていません。
いま、二酸化炭素の削減といった地球温暖化対策や、石油を代替する新エネルギーの開発などを目的に、世界中の研究機関が、自然界の光合成を模した人工光合成系の構築に関する研究を進めています。金属錯体を使った水の酸化反応は重要な研究対象の一つです。水の酸化反応の過程を理解し、効率よく反応を媒介する金属錯体を開発することができれば、人工光合成の研究が大きく進展すると期待して、私自身も研究を進めています。
メタン(CH4)分子の変換も魅力的な研究テーマの一つ。メタンは二酸化炭素の25倍の地球温暖化係数をもちます。このメタンを酸化して、燃料などに用いられるメタノールに変換する研究も進められています。ただ、メタンのC-H結合はとても強く、C-H結合の開裂と酸素化によるメタンの酸化には、大きなエネルギーを持った金属錯体の開発が必要です。
私は最近、メタンより結合エネルギーの小さい有機化合物の酸化反応を引き起こす錯体を開発しました。この研究をさらに進展させることで、メタンの酸化につながる錯体の開発を行いたいと考えています。
思わぬ宝箱に出合えることが研究の醍醐味
新しい金属錯体の設計・開発には時間がかかるものです。錯体がどのような反応に対して適用可能か、結果が出るまでに数年かかることもある地道な研究です。当初、想定していたものとは異なる錯体に出合ったり、違う反応性が出たりすることも多い。そうなると、それまでの研究は失敗で、無駄だったように思えるかもしれません。しかし、いままでに知られていない錯体やそれに係る反応、つまり、宝箱に出合える可能性もある。それがいまの研究の醍醐味です。
研究の最終的な目標は、地球温暖化対策や新エネルギーの創出に分子変換の立場から貢献することです。日々の研究においては、机上の理論だけでなく、まず実験してみることを何より大切にしています。そして、目の前に現れたものをよく観察する。この積み重ねが宝箱の発見につながると信じています。
この一冊
『夢を持ち続けよう! ノーベル賞根岸英一のメッセージ』
(根岸英一/著 共同通信社)
2010年、ノーベル化学賞を受賞された根岸英一先生の著書です。ノーベル賞を受賞されるほどの研究者は、どのような人生を送られてきたかに純粋に興味があり、私が研究者の道に進むことを決めた時期に読みました。
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三澤 智世
- 理工学部物質生命理工学科
准教授
- 理工学部物質生命理工学科
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上智大学理工学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。上智大学理工学部物質生命理工学科助教を経て、2023年4月より現職。
- 物質生命理工学科
※この記事の内容は、2023年7月時点のものです