ドイツ文学が専門の文学部の中井真之教授は、18世紀ドイツの思想家F・H・ヤコービについて研究しています。オランダの哲学者スピノザを批判的に論じ、同時代の思想史に大きな影響を及ぼしたというヤコービの思想とは?
ヨーロッパ中央域に位置するドイツ語文化圏は、多様で複雑な文化を持っており、そこで生まれた文学には、哲学や宗教と関わりが深いものが多くあります。啓蒙主義の時代であった18世紀には思想史的な影響を色濃く受けて、神をめぐる問題意識がよく現れた作品が成立しました。
私は、ミュンヘン大学に留学中にゲーテの研究に着手し、その後取り組んだゲーテの小説『親和力』についての博士論文執筆の過程で、ゲーテの友人である18世紀ドイツの思想家、フリードリヒ・ハインリヒ・ヤコービのスピノザ主義をめぐる著作を読む機会を得ました。ヤコービのスピノザ解釈が同時代の文学者、哲学者に大きな影響を与えたことを知り、それ以来、約20年に渡り、ヤコービについての研究を続けています。
スピノザ受容を促した触媒としてのヤコービの功績
スピノザは17世紀オランダの哲学者で、神即自然であり、万物は神が変様したものだという考えを唱えた人物です。万物を無から創造したキリスト教的な人格神を否定したことになるため、当時は無神論者として否定的に受け止められました。
ヤコービは、スピノザの哲学体系に当時としては比較的正確な理解を示しつつ、理性をよりどころとする合理主義の思考は必然的にスピノザの唱える無神論的な哲学に到達せざるを得ないという独自の見解を示しました。
ヤコービが提示したスピノザ哲学の新しい捉え方はカント以降のドイツ観念論の哲学者、フィヒテやシェリング、ヘーゲルなどに大きな刺激を与え、彼らのスピノザ受容を促していくわけで、当時の思想史における触媒としてのヤコービの存在は非常に大きいものだったといえます。
ヤコービはスピノザを論じた後、カント哲学との批判的な取り組みを始めます。ヤコービとカント以降のドイツ観念論の哲学者との関わりについて、今後研究したいと考えており、そのために、今、カントの批判哲学を勉強しています。ヤコービは、自身の哲学的な思想を文学作品を通しても表しており、同時代の哲学との論争の影響がどのように作品に表れているかも論じていきたいと考えています。
暗記するほど原文を読み込むことで見える新たな論点
研究は原文のテキストを暗記するほど読み込むことで行います。ヤコービの著作を読み、他の著作との関連や対応箇所を1行1行正確にチェックしていくのです。非常に根気のいる作業ですが、それを何度も繰り返すうちに問題点や面白い論点が見えてきます。人文系の研究は、いかにテキストを熟知することができるかに尽きると考えます。オリジナルな見方を示すことができたとしても、テキストを踏まえた上での見解でないと説得力がありませんから。
ここ数年、本が何冊も出版されるなど、スピノザに対する関心が高まっています。スピノザが唱えた非人格的な神について考察することは、キリスト教的な人格神と、そこから導き出される道徳や生きる姿勢についての理解を深めることにもつながるのではないかと思います。私のヤコービ研究は神の観念と人間の生き方について考えと深める一助になるのではないかと思います。
この一冊
『はじめてのドイツ語』
(福本義憲/著 講談社)
ドイツ語の文法構造について非常にわかりやすく解説されている本です。私がドイツ語を教え始めたとき文法事項を日本語で説明するのにもとても役に立ちました。ドイツ文学やドイツ語入門者はぜひ手に取ってもらいたいです。
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中井 真之
- 文学部ドイツ文学科
教授
- 文学部ドイツ文学科
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上智大学文学部ドイツ文学科卒、同大学文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。上智大学文学部ドイツ文学科准教授などを経て、2018年より現職。
- ドイツ文学科
※この記事の内容は、2022年8月時点のものです