発掘作業と聞き取り調査から、アンコール遺跡群の歴史をたどっていく

総合グローバル学部総合グローバル学科
教授
丸井 雅子

アンコール遺跡群の一つバンテアイ・クデイと周辺集落で調査を行う総合グローバル学部の丸井雅子教授。現地での発掘調査など考古学的研究と地域研究からのアプローチによる歴史考察の魅力を語っています。

カンボジアの世界遺産として知られるアンコール遺跡群。東南アジア考古学を専門にしている私は現在、このうちのバンテアイ・クデイという遺跡で発掘調査を進めています。

日本政府や国連も参加した和平交渉により、現在のカンボジア王国が再建されたのは1993年。ポル・ポト政権期を含む長年の内戦によって荒廃していたカンボジアの復興事業に各国が取り組むことになりました。遺跡の修復保護もプロジェクトの一つとなり、上智大学も1991年に調査団を結成。私は1994年から参加し、文化復興やそれに関わる人材養成のサポートをしながら自身の研究を続けてきました。

文字史料の少ない地域では考古学が必要不可欠

考古学は「遺跡」を研究する学問ですが、その対象はエジプトのピラミッドのような巨大な構築物から、土器など地下に埋もれている小さなものまでさまざまです。こうした遺構から過去の人々の生活や営み、文化や価値観を明らかにしていきます。日本と違い、文字の史料が少ないカンボジアでは、歴史の調査にこのような考古学的手法によるアプローチは欠かせないものとなっています。

東西600メートル、南北480メートルの外周壁に囲まれたバンテアイ・クデイは、12世紀の末頃に建立された仏教寺院と考えられています。2000~2001年には計274点の壊された仏像片が出土し話題になりました。

作業は現地の作業員や大学生とチームで行います。基本的な作業としては、土を上から順に掘り、土の層の上下関係によって遺物の新旧の違いを推定していきます。出土した土器片や瓦片など、接合できるものがないかどうかを確認する作業も重要です。遺物の元の形を復元できれば、当時の屋根の葺き方や建物の構造のみならず、遺跡形成のプロセスを理解することも可能です。

聞き取り調査を絵本にまとめ地域に配布する活動も

発掘以外の研究手法として力を入れているのは、近隣で暮らしている人々への聞き取り調査です。バンテアイ・クデイは、特に現代において、ある時期は戦火を逃れるための避難場所、ある時期は祖先を埋葬する墓、というようにさまざまな使われ方をしていたことが分かりました。世界遺産に登録される前は、現地の人々の生活の中に遺跡があったと言えるでしょう。

私のもう一つの専門である「地域研究」の分野では、地域から世界を見る視点を重要視しています。アンコール遺跡群において、「地域の人々がどのように遺跡と関わり、暮らしてきたか」を調査して発表することは、地域文化の多様性を広く知ってもらう点から、とても意義があることだと考えています。

人々が伝え覚えている遺跡にまつわる物語は「口頭伝承」として絵本にまとめ、カンボジアの子どもたちにも配布しています。また、発掘調査で得られた情報を彼らと共有したいので、発掘調査が一段落するごとに地元の人々や子どもを招待して、現地説明会を開催しています。

地域研究では地域の歴史や文化に敬意を払い、いかに人々と信頼関係を築くことができるかが大事です。バンテアイ・クデイにおいては、現地の人と発掘調査を共にするだけではなく、日常のさまざまな場面で相互の理解を深めるべく努力してきました。学問だけでは割り切れない人との関わりが研究の魅力であり、私がカンボジアに向かうエネルギーになっています。

この一冊

『ヤシガラ椀の外へ』
(ベネディクト・アンダーソン/著 加藤剛/訳 NTT出版)

地域研究者として知られる著者が日本の読者に向けて、自らの研究の軌跡を振り返る回顧録です。学問で重要なのは大学の制度や母国にとらわれず、狭いヤシガラ椀から「外に出ること」と熱く語る著者の思いが、伝わってきます。

丸井 雅子

  • 総合グローバル学部総合グローバル学科
    教授

上智大学文学部史学科卒、同大学院外国語学研究科博士後期課程満期退学。上智大学外国語学部専任講師などを経て、2014年より現職。

総合グローバル学科

※この記事の内容は、2022年5月時点のものです

上智大学 Sophia University