安全な脱炭素社会の構築を目指す研究。金属をもろくする水素脆化とは?

機械工学が専門の理工学部の高井健一教授は、金属材料をもろくし破壊させる「水素脆化」のメカニズムに迫り、新材料の開発に取り組んでいます。ミクロな研究がもたらす地球規模の課題にもたらすインパクトとは?

自動車の重量の7割以上を占める鉄鋼材料。もしその強度を2倍に上げられれば安全性を損なわずに重量を半分に減らせるので、ガソリン車なら燃費を大幅に向上できます。電気自動車、燃料電池車、水素エンジン車など駆動系が変わってもエネルギー消費を低減するにはやはり材料の強度を高めて軽量化するほかありません。

しかし金属材料の強度を高めるほど、破壊のリスクが高まります。それが私の研究対象である「水素脆化」です。水素と言っても、分子ではなく、原子のほうです。雨の成分である水(H2O)が金属に付着して錆びると、水が分解されて水素原子だけが金属材料の内部に入り、年月の経過とともに蓄積して、突然破壊を引き起こすことがあるのです。

水素社会で必要となる水素ステーションでも、直接、高い圧力の水素と金属が触れるため、やはり水素脆化による破壊が発生するリスクがあり、水素社会の実現にも水素脆化の克服が必要です。

メカニズムの解明から新材料の開発まで

原子番号1で、宇宙で最も小さな水素は、どんな狭いすき間にも侵入し、その中で、動いてしまいます。鉄原子3000個に水素原子1個のごくわずかな割合でも水素原子が高強度鋼を破壊してしまう原因について、詳しいことはまだ分かっていません。金属材料が壊れた後に原因を調べようと思って、壊れた部品を持ち帰って分析しても、すでに水素は逃げてしまい、いわば現行犯逮捕できない。水素脆化が捉えにくい理由のひとつです。

当研究室では、水素が金属原子配列のどこに、どのくらいの強さで、どのくらいの量が存在するかを検出できる世界で唯一の低温昇温脱離分析装置を研究室の学生らと一緒に開発し、金属中の水素の位置を原子スケールで特定し、その金属材料を引張試験し、金属原子配列のどこにいた水素が悪さをするのか、逆に、どこにいた水素は無害かなど実験で調べています。

金属の強度や延性の低下を招く水素の位置が分かれば、水素脆化のメカニズムの解明に役立つだけでなく、水素脆化の予防策も得られます。こうした知見をもとに、私たちは材料工学の立場から脱炭素社会に貢献できるように取り組んでいます。

ミクロな研究が地球規模の課題解決につながる

よりミクロな原子レベルの現象の理解を探求していると、いつの間にか、自動車の軽量化を通した低炭素社会、さらには水素エネルギーを通した脱炭素社会の実現といった、より地球規模のマクロな課題の解決につながるところが、この研究の醍醐味です。

高校生の皆さんから、研究者は実験室にこもって地味な実験を続けて世界が狭くなりませんか、とよく聞かれます。しかし逆説的ですが、私の実感ではむしろ世界は広がる。なぜなら私たちが研究の成果を国際会議や論文として国内外に発信するとディスカッションになり、いつの間にか世界中に共通の関心を持った仲間ができていくのです。

水素脆化の研究は、さまざまな分野の専門家が取り組んでいる学際的なテーマであるため、日本鉄鋼協会のもとで、100名以上の「水素フォーラム」や先端の研究を行う「鉄鋼研究プロジェクト」などの産官学のコミュニティを作り、オールジャパンで取り組んできました。

水素脆化の分野で日本は世界のトップランナーです。このプレゼンスをさらに高めるべくこれからも研究を続けていきたいですね。

この一冊

『続・中学生からの大学講義 I 学ぶということ』
(桐光学園+ちくまプリマー新書編集部/編 ちくまプリマー新書)

各界の識者が人生で直面する難問、社会的な課題、学びの本質などについて中高生目線で分かりやすく書いています。普段は私が本をすすめても見向きもしない高校生の息子が唯一この本には食いついてくれました。

高井 健一

  • 理工学部機能創造理工学科
    教授

早稲田大学理工学部材料工学科卒。早稲田大学大学院理工学研究科資源及材料工学専攻修士課程修了。博士(工学)。日本電信電話株式会社勤務を経て、1999年、上智大学理工学部機械工学科講師に着任。2002年、同助教授、2009年より現職。

機能創造理工学科

※この記事の内容は、2022年6月時点のものです

上智大学 Sophia University