受入国がロヒンギャ難民に向ける敵意は憂慮すべきレベルにある-難民キャンプ周辺住民が被る負の影響が明らかに

本研究の要点

  • ロヒンギャ難民危機が受入国バングラデシュに及ぼす影響を調査
  • ロヒンギャ難民に対するバングラデシュ国民の敵意は深刻なレベルに達していることが判明
  • 難民流入により受入国が受ける影響を包括的に予測する上で重要な知見

研究の概要

上智大学経済学部の樋口 裕城准教授、関西学院大学経済学部の東田 啓作教授、早稲田大学政治経済学部の高橋 遼准教授、武蔵大学経済学部の田中 健太教授らの研究グループは、バングラデシュのロヒンギャ難民受入地域における家計調査を行い、受入地域住民のロヒンギャ難民に対する敵意は憂慮すべきレベルに達していることを明らかにしました。

近年のウクライナやガザ危機に代表されるように、紛争や迫害などが原因となり、世界の難民数は年々増加しています。2022年には、世界の難民数は推定1億1000万人にも達し、現在も多くの人が故郷を追われて、異国の地での生活を余儀なくされています。一方、受入国や受入地域においては、難民流入による資源競争や治安の悪化などの問題が生じています。そのため、難民の長期滞在は受入地域の国民感情を悪化させる可能性があります。

樋口准教授らの研究グループは、2017年のロヒンギャ難民危機に焦点を当て、バングラデシュの受入地域住民がロヒンギャ難民に対してどのような感情を持っているかを明らかにすることを目的とし、難民キャンプ周辺住民を対象に実際のお金を使った経済実験も組み入れた独自の家計調査を行いました。

本研究では、バングラデシュ国民の敵意の度合いを定量化するために、個人でコストを負担した分だけロヒンギャ支援のための寄付金を減額できるというJoy-of-destruction(JOD)ゲームを採用。具体的には、調査対象者に対して一定の報酬額を提示した後、報酬額の減額を受け入れた場合には、その5倍の金額をロヒンギャ支援寄付金から差し引くという選択肢を提示しました。個人的なコストを払ってでもロヒンギャ支援寄付金を減額する選択をするということは、敵意を持っていることを意味していると解釈できます。

その結果、難民キャンプ周辺の1679世帯のうち、57%が寄付金を減額するために、報酬の減額を受け入れたことが判明しました。また、難民キャンプに近い地域の住民は、難民キャンプから離れた地域の住民よりも、寄付金を大幅に減少させる傾向にあることがわかりました。一方で、難民キャンプからの距離に関わらず、バングラデシュ国民はロヒンギャ難民に対して否定的な意見を示しており、受入国全体としてロヒンギャ難民という外集団に対して、深刻な敵意を抱いていることが示唆されました。

本研究成果は、2024年3月16日に国際学術誌「Economic Development and Cultural Change」にオンライン掲載されました。

研究の背景

ロヒンギャはミャンマーの西部ラカイン州(バングラデシュとの国境に近い地域)を中心に生活するベンガル系の少数民族で、その多くがイスラム教を信仰しています。イギリス統治時代、ロヒンギャはミャンマーと隣接するバングラデシュの南東部コックスバザール県でベンガル人と良好な関係を築いており、中にはバングラデシュに先祖や親戚が暮らす人もいました。しかしながら、1940年代後半のミャンマー独立後、ミャンマー政府はロヒンギャをバングラデシュからの不法移民として迫害し始めました。1982年にはミャンマー国内の法改正により、ロヒンギャは正規の国民ではないことが合法化され、多くのロヒンギャが難民として、一時的にコックスバザール県に逃れることとなりました。

1992年には、バングラデシュ政府がロヒンギャ難民を保護・監視するために、ミャンマーからアクセスしやすい地域に難民キャンプを設立しました。当初、難民キャンプに住むロヒンギャは約3万2千人で、バングラデシュ政府は難民と受入地域との交流を最小限に抑えながら、難民管理を行っていました。しかしながら、2017年にロヒンギャ過激派とミャンマー政府との間で発生した紛争をきっかけとして、ミャンマー政府は大規模なロヒンギャ掃討作戦を開始しました。ラカイン州で生活していたロヒンギャはミャンマー国軍から激しい弾圧を受け、70万人を超えるロヒンギャはバングラデシュのコックスバザール県に避難しました。現在、コックスバザール県の難民キャンプには約90万人のロヒンギャ難民が質素な仮設住居で暮らしており、不安定な生活を余儀なくされています。

難民の流入は、受入国側にも大きな影響を与えます。当初、ロヒンギャの受入地域は、共通の宗教と言語を理由に、難民に対して深い同情を示していました。しかしながら、ロヒンギャ難民の長期滞在は、高い出生率と相まって、受入先の生活に大きく影響し、国民感情が悪化することとなりました。このような背景から、本研究グループはロヒンギャ難民危機がバングラデシュの受入地域の国民感情に与えた影響を調査しました。

研究結果の詳細

本研究では、受入地域住民のロヒンギャ難民に対する敵意のレベルを定量化することを目的とし、JODゲームを実施しました。JODゲームの詳しい内容は以下の通りです。

  1. 調査協力者に謝礼として400BDT(バングラデシュの通貨、タカ)が、難民キャンプのNGO組織にはロヒンギャ支援金として同額の400BDTが支払われる。なお、この地域の平均日給は約600-700BDTである。
  2. 調査協力者は謝礼金から0, 20, 40, 60, 80BDTのいずれかの減額を受け入れることで、その5倍の金額(0, 100, 200, 300, 400BDT)を寄付金から減額する権利が与えられる。
  3. 個人負担による寄付金の減額は、調査協力者にとって金銭的な利益が無いため、減額分はロヒンギャ難民に対する敵意の度合いの表れと解釈できる。

この結果、調査協力者の1679世帯の57%が個人的な負担により、難民の寄付金額を減額する意向を示しました。また、調査協力者の15%は寄付金額400BDTのすべてを減額するために、最高額の80BDTを支払うことがわかりました。さらに、難民キャンプ周辺住民は、難民キャンプから離れた住民よりも多くの金額を負担する傾向にあり、その支払額は難民キャンプに1km近づくごとに1.4%増加することが判明しました。

ロヒンギャ難民寄付金減額の背後にある国民感情を探るため、難民キャンプまでの距離と受入地域が被る悪影響との関係を、家計調査や衛生画像などから調べました。その結果、難民キャンプ周辺住民が、収入の減少、商品価格の上昇、森林の劣化、犯罪率の増加などの多くの面において、大きな被害を受けていることが示されました。そのため、これらのことが原因となり、ロヒンギャ難民に対する否定的な感情を呼び起こされたと考えられます。以上の結果から、バングラデシュ国民全体としてロヒンギャ難民に対して深刻な敵意を持っており、特に難民キャンプ周辺住民はその傾向が顕著であることが明らかとなりました。

研究を主導した本学の樋口准教授は、「ロヒンギャ難民危機の発生以前より、バングラデシュで別の研究プロジェクトを実施していました。ロヒンギャ難民危機発生後に、バングラデシュ人の共同研究者とともに難民キャンプと受入地域を訪問し、問題の深刻さを目の当たりにしたことがきっかけとなり、本研究を始めました。本研究から、ロヒンギャ難民自身だけでなく、難民流入以前から貧しかった受入れ地域住民も、難民の流入による悪影響により、さらなる苦境に立たされていることが改めて示されました。近年、ウクライナ危機やガザ危機により難民がさらに増加する可能性があります。私たちは、世界が難民の問題に真剣に向き合い、行動を起こす必要があることを、本研究を通して強調していきたいと考えています」とコメントしています。

本研究は、日本学術振興会の科研費(20H04394, 20KK0035)、上智大学の人間の安全保障研究所科学研究費、関西学院大学特別研究費による助成を受けて実施したものです。

論文名および著者

  • 媒体名:Economic Development and Cultural Change
  • 論文名:From hospitality to hostility: Impact of the Rohingya refugee influx on the sentiments of host communities
  • オンライン版URL:https://www.journals.uchicago.edu/doi/10.1086/730704
  • 著者(共著):Yuki Higuchi, Keisaku Higashida, Mohammad Mosharraf Hossain, Mohammad Sujauddin, Ryo Takahashi and Kenta Tanaka


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