仮想未来人の視点を意思決定や政策判断に生かすフューチャー・デザインの研究を続けているのは、地球環境学研究科の中川善典教授。あらゆる課題に活用できるフューチャー・デザインの可能性について探っています。
私が研究しているフューチャー・デザインとは、持続可能な自然と社会を将来世代に引き継いでいくため、彼らの視点を反映して意思決定や政策判断をするための学術的な研究と実践のことです。
例えば、政府、自治体、企業などの組織が長期ビジョンを策定するとします。そこに所属する個人が数十年後の未来社会にタイムスリップした「仮想未来人」になりきり、「数十年後の自分はこういう社会に生きているはず。その社会を実現するために現代世代はどのような選択をすべきなのか」を議論し、よりよき未来社会をデザインしていくのです。
ただ、未来人になりきるのは容易なことではありません。どのような環境づくりをすれば未来人としての感覚を持ちやすくなるのかも研究テーマの一つです。すでに自治体などでは長期計画を策定する際にフューチャー・デザインを取り入れているところがあります。その先駆者といえるのが岩手県矢巾町です。これまで町の総合計画や水道事業を考える住民ワークショップにフューチャー・デザインを活用してきました。
未来人になる感覚を紙芝居で紹介する
矢巾町のワークショップで未来人になりきるのが上手だという人がいると聞き、私はその人にインタビューしました。未来人になるとはどういう感覚なのか、未来人になりきった体験によって、普段のものの考え方にどのような変化があったのかについて聞き、その人の体験を紙芝居に分かりやすくまとめました。紙芝居を使ってフューチャー・デザインの活用方法をほかの自治体に紹介することで、この手法を広めたいと考えたからです。
フューチャー・デザインは単なるワークショップの技法にとどまりません。「将来世代の視点に立つ」という発想が組織文化の中に広く溶け込んでいき、意志決定のプロセスにおいて当たり前のように取り入れられるようになることが重要なのです。この手法を使って、よりよい未来社会の構想につなげていこうとする人たちを私はサポートしていきたいと考えています。
さまざまな学問分野で応用されることが目標
フューチャー・デザインは2015年に提唱された新しい方法論で、学問領域として確立されるまでには至っていません。ただ、気候、環境、財政、少子化など多くの課題に応用可能な方法論であり、政府、自治体、企業などあらゆる組織で活用することができます。
例えば、今後30年以内の発生確率が70~80%とされる南海トラフ地震への対応です。ひとたび地震が起きれば太平洋沿岸の広い地域に10メートルを超える大津波の襲来が想定されています。誰しも地震が起きたときのことを考えたくはありません。しかし、地震の後に生きている未来人の立場で考えたとき、南海トラフ地震はすでに起こった「歴史的事実」となります。地震後に生きている自分の姿を思い描くことで地震への恐れから解放され、防災に関して前向きに、創造的に考えることが可能になります。
統計学では、結果となる数値と要因となる数値の関係を調べ、それぞれの関係を明らかにする回帰分析という手法があります。医学、薬学、社会学、心理学などさまざまな学問分野で当たり前に使われている手法です。それと同じように新たな学問領域としてフューチャー・デザインがあらゆる分野で浸透し、活用されるようになるのが私の研究目標です。
この一冊
『宮本常一著作集』
(宮本常一/著 未來社)
民族学者の宮本常一は私が一番影響を受けた人物です。全国をくまなく回り、近代化以前の痕跡を残した地域の老人から話を聞き、記録に残しました。現代がどのような時代かを知るうえで貴重な比較参照先となっています。
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中川 善典
- 地球環境学研究科地球環境学専攻
教授
- 地球環境学研究科地球環境学専攻
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東京大学工学部土木工学科卒。同大学院工学系研究科で堀井英之教授に師事し、博士号取得。同大学院助手、高知工科大学経済・マネジメント学群教授を経て、2023年4月から現職。京都の総合地球環境学研究所教授を兼任(2024年度まで)。
- 地球環境学専攻
※この記事の内容は、2023年5月時点のものです