第2回「人間の安全保障と平和構築」 2018年 6月 5日 実施報告

2018年6月5日(火)午後6時45分から、上智大学グローバル教育センターが主催する連続セミナー「人間の安全保障と平和構築」の2018年度第2回目が、上智大学四谷キャンパス2号館17階の国際会議場にて開催されました。

この連続セミナーは、人間の安全保障と平和構築に関し、日本を代表する専門家や政策責任者を講師としてお迎えし、学生と市民、外交官や国連職員など、多様な参加者が、共にグローバルな課題について議論を深め、解決策を探っていくことを目的にしています。

第2回目のセミナーでは、JICA平和構築・復興支援室長の坂根宏治氏が「JICAの平和構築支援」をテーマに講演しました。

JICA平和構築・復興支援室長 坂根宏治氏

本セミナーには、大学生、社会人、そして高校生があわせて260人が参加しました。会の冒頭、上智大学グローバル担当副学長の杉村美紀教授が、今回のセミナーが本学の主催している国連ウィークのイベントの1つであることを紹介しました。また、「他者とともに、他者のために」という本学のミッションが国連の目指す姿と共通していることを指摘しました。そして、本セミナーに、大学生のみでなく、多くの高校生と社会人が参加していることに触れ、このセミナーが参加者の知見を広めるとともに、多様な意見を交換するプラットフォームになることへの期待を述べました。

杉村美紀教授

講演で、坂根氏は、まず世界の紛争の現状について話しました。現在の複雑化した状況を、紛争の歴史から紐解き、紛争が2000年代初めから増加傾向にあることを指摘しました。近年、紛争の犠牲者数は増加し、2013年以降から年間10万人を超過しています。また、多くの紛争地ではテロリズムが起こり、2016年には106カ国でテロが発生しました。そして、紛争やテロが世界中で拡大したことで、強制移住を強いられた人が過去最多の6560万人に至っています。坂根氏は、紛争が複雑化したことにより、難民の状態が長期化し、受け入れ国で長期滞在する難民が増加していることを述べました。また、受け入れ国の負担が増えたことにより、受け入れ国では、「難民の流入がテロのリスクを高める」との認識が広がっている懸念を述べました。さらに、難民の84%が途上国で受けいれられており、紛争の周辺諸国に負担が集中していることを指摘しました。

次に、このような世界の現状を踏まえ、国際社会及び日本がどのように対応しているかについて説明しました。人の移動と滞在の長期化が新たな緊張状態を生み出していることを指摘し、紛争、テロの抑止、および平和構築の実現を国際社会全体で取り組む必要があることを強調しました。そして、国際社会が行なっている平和構築は、軍事的(多国籍軍・PKO)、政治的(予防外交・軍縮・調停)、経済・社会的枠組み(人道支援・開発援助)の3つに分類できることを述べました。日本は、平和構築業務として、国連平和維持活動(国連PKO)、人道的な国際救援活動、国際的な選挙監視活動や予防外交に取り組んでいます。また、これまでに、平和維持活動(PKO)の一環として、27件、延べ12,000人が派遣されました(1992年9月-2017年6月まで)。

セミナーには260人が参加

さらに、坂根氏は、JICAが平和構築にどう取り組んでいるかを説明しました。まず、長期化する難民を対象としたJICAの取り組みを紹介し、ウガンダへの南スーダン難民が2016年7月から1年間で75万人増加している現状を説明しました。ウガンダのモヨ県では、居住者の52%以上が難民であり、難民受け入れがローカルコミュニティに多大な負担となっています。そのため、JICAは、ウガンダの受け入れ能力支援を目的としたプロジェクトを展開しています。2017年6月には、UNDPと共同で、ウガンダ難民連帯サミットにおいてサイドイベントを開催し、国際社会のホストコミュニティ支援に対する認知度向上に努めました。また、人道援助と開発援助の連携を目的としたニーズ調査を現地で実施し発表しました。また、シリア難民受け入れ国支援を、ヨルダン、レバノン、トルコ等で展開しています。

さらに、坂根氏は、難民に対処するだけでなく、難民が発生する根本的な原因を解決する必要があると主張しました。坂根氏は、暴力的過激主義(テロ)に向かう理由の多くが、ガバナンスの問題と関係しているため、JICAは、相手国政府と協力しながら、「紛争が発生・再発しない国作り」に力を注いでいます。政府が国民に対し、法の支配などの普遍的な価値に基づき、民意を反映したサービスを提供し、社会の多様なメンバーが共存出来る公正かつ包摂的な社会を作ることにより、政府と国民が相互に信頼で結ばれます。このような社会は、紛争等の様々な課題の発生を回避しうる「強靭な国」になり、これこそがJICAの目指している平和構築であることを述べました。また、JICAが、日本に対する「信頼」を軸に日本独自の支援を行なっていることを指摘しました。例として、ミンダナオでの取り組みにおいて、フィリピン政府が介入するのは難しい反政府ゲリラ組織の中に入り、技術移転を行い、ミンダナオ自治政府と反政府武装勢力であるMILF双方を対象とした支援を展開しました。和平合意前の和平プロセス早期の段階からの継続的な支援を行なうことにより、「信頼」を武器にJICAならではの平和構築支援を行うことができました。また、「強靭な国家」を作っていくためには、狭義の平和構築支援だけでなく、JICAが行なっている経済成長やインフラ支援及び雇用促進も非常に重要であることを指摘しました。

そして、平和構築は、JICA単独で行うことが出来ず、他の国際機関等とのパートナーシップが必要不可欠であることを述べ、「軍事部門(Security Sector)」、「外交」、「援助」間の連携が大切であり、援助機関内の連携も促進していく必要があることを指摘しました。また、援助機関には多様なパートナーがいることを説明し、援助を展開するにあたって、なによりも受益国の存在を忘れてはならないことを強調しました。例えば、難民支援を行う場合に、「難民」だけに焦点を当てるのではなく、現地の政府の意思を尊重し、彼らを巻き込んだ支援を展開する必要があります。

本セミナーのコメンテーターで国際関係研究所長の安野正士准教授は、JICAの受け入れ国政府とのパートナーシップにおいて、受け入れ国政府の意向を尊重し、ニーズを把握して支援を展開するところが日本のODAの特徴であることを述べました。また、安野氏は、この支援の在り方に利点がある一方、それに対する批判があることも指摘しました。日本政府として相手国に対する支援を行うJICAの活動にはどのような特徴があり、また、制約があるかを問いました。
また、国際関係の専門家として、主に、国家同士の関係に着眼していると述べました。特にアメリカと中国の関係の緊張関係の拡大や、北朝鮮の核危機などを見ると、国際秩序が非常に不安定な時期に入っていることを指摘。こうした国際秩序の不安定化が、平和構築にどのような影響を与えているのか、坂根氏に問いました。

坂根氏は、まずJICAの支援の特徴として、欧米や他の機関が経済制裁を行うような国にも支援を展開していることを指摘しました。経済制裁の影響を一番うけるのは、相手国の政治家ではなく、貧困層であることを指摘し、「制裁は必ずしも万能、有効ではない。だからこそ、その国の中に入り、中から変えていく必要がある」と主張しました。例えば、JICAはスーダンのダルフールでも開発支援を行なっています。坂根氏は、「相手国政府を突き放すのではなく、グッドガバナンスを応援し、信頼で中から変えていく。対立や緊張を生むのではなく、信頼に基づいて支援を展開していく」ことが日本独自の特徴であると強調しました。そして、相手国に対する支援を行うJICAの活動においては、現地政府の意向が重要であることを述べました。人道援助と異なり、相手国政府の承諾を得ずに援助を行えないことで、制約や難しさもある一方で、持続的な開発を行うためには、相手国のオーナーシップが必要不可欠であることを主張しました。

(左から)東教授、坂根氏、安野所長、杉村教授

そして、坂根氏は、近年、自国の利益だけにとらわれている国が多すぎることを批判し、国際協調主義を推進している国が少なくなっている懸念を述べました。その中で、希望を失わずに、どういうところに一番厳しい状態に置かれている人が住んでいて、何を求めているか、相手のことを聞き、理解を深めていく必要があると指摘しました。坂根氏は、厳しい状況だからこそ、諦めない努力をしていく必要があると熱く語りました。

コメンテーターも務めた杉村副学長は、国際教育、比較教育を専門に研究し、さらにJICA研究所においては、研究所のプロジェクトのひとつである国際教育協力に関する研究にも参加しています。本セミナーのテーマが、「人間の安全保障と平和構築」であることを指摘し、「人間の安全保障」という概念は、国家の安全保障よりも個人レベルで、人々の安心・安全な暮らし、人権に着眼していることを説明しました。杉村氏は、この「人間の安全保障」をJICAが平和構築とどのように結びつけようとしているかということについて坂根氏に質問しました。

坂根氏は、「人間の安全保障」の取り組みの1つとして、JICAが人道と開発のギャップを埋めることに力を注いでいると述べました。人道支援の方は、難民のことを考えるものの、相手国政府のことを考えないことが多いことを説明しました。時には、難民の方が受け入れ国の住民より、良い暮らしをすることがあり、住民の反感を買う危険性を指摘しました。そのため、難民が受け入れ先にどのように受け止められているのかを併せて留意する必要があることを指摘しました。また、「人間の安全保障」では、1人1人の能力を上げていく一方で、持続性を担保するにが、組織や社会のキャパシティーを上げていく必要があることを述べました。例えば、『学校教育では、20人教えるだけではなく、相手国に教育制度を根付かせ、制度や体制的なものを構築していくことが「人間の安全保障」で大切である』と、述べました。

その後、会場を埋め尽くした参加者と坂根さんの間で、色々な質疑応答が行われました。最後に、この連続セミナーの主催者で司会を務める上智大学グローバル教育センターの東大作教授が、1980年代、飢餓の象徴的な国であったエチオピアが、今では経済発展を続けており、南スーダン紛争の和平交渉を仲介する程、成長していることを指摘しました。実際に、東教授が2月に南スーダンの調査のためにエチオピアに行った際、平和を作ることが、人々の暮らしや安全、その国の成長にとっていかに決定的な違いを生むのか実感したと述べました。また、同じく2月に訪問したウガンンダでは、北部の難民キャンプを訪問し、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)からJICAに対して、難民キャンプのインフラ整備など、多くの支援要請がきていたことを述べました。またウガンダでは、南スーダンの難民に対し、移住や職業の自由が与えられていることを指摘、JICAが、ウガンダで行ってきた職業訓練のノウハウを活かして、南スーダンの難民に対して職業訓練を展開すれば、難民キャンプの中でも、ウガンダの都市部でも、そして、帰国後の南スーダンでも、訓練して身につけた技能を生かすことができることを強調しました。しかし、その様な支援を行う資金が不足しており、現地のJICA事務所から上のような職業訓練を始めたいという要望を出しても、なかなか実現できていないことを指摘しました。そして、昨年、南スーダンのPKO部隊から自衛隊部隊が撤収した今、その代替策を考えることは極めて重要だとし、日本政府として、上のような事業を支援する財政手当てを検討すべきではないかと述べました。

会場に集まった260人の参加者と坂根さんの間では、最後まで熱い議論が繰り広げられ、会は終了しました。

上智大学 Sophia University