社会学理論を用い、日本社会の各界、特にジャーナリズムと政治を解き明かす

日本のメディア事情の解明に取り組む、総合グローバル学部のトビアス・ヴァイス准教授。ジャーナリズム、社会運動、政治の関係性に着目し、原子力報道などにおけるメディア、市民社会、政治・経済権力の相互作用を明らかにしようとしています。

私の専門は社会学で、研究テーマの一つは日本のジャーナリズム、とりわけ原子力関連の新聞報道です。東日本大震災後の日本とドイツの報道を比較するうちに、このテーマに関心を持つようになりました。

1970年代以降の日本の主要新聞のアーカイブ調査を通じて、原子力の描写や認識が国ごとに違うことに気づき、異なる原子力政策の推進が続けられていることに興味を持ったのです。

原子力報道をめぐるメディアと政治・経済権力の関係

まず重要な問題として挙げたいのは、ジャーナリズムの政治的、経済的圧力からの自律性です。私は新聞記事の分析や報道関係者へのインタビューを通じて、政治権力および経済権力の力学を複数のメディア企業で検証しました。

この研究で明らかになったのは、特に2011年以前、電力会社が後押しする原子力推進キャンペーンにおいて、メディアに政治的、経済的圧力を行使する顕著な働きかけがあったということです。ジャーナリストの中には、政府の諮問機関である各種審議会に参加する人もいれば、金銭的インセンティブを受け取り原子力に対して好意的な報道をする人もいました。

原子力に批判的な報道を抑え込むために、電力会社から新聞社に対して経営幹部レベルでの影響力が行使されていたこともわかりました。一部の新聞社は、ジャーナリストを司会や登壇者に起用して原子力シンポジウムを主催し、報道と広告の境界を曖昧にしました。また、電力会社や関連団体が出稿する広告とタイアップされる形で記事の中で原子力推進論が頻繁に取り上げられ、電力会社のメディアへの強い影響力が見て取れました。「日本の原子力は安全で重大事故は起きない」という考えが、2011年以前に広まった背景には、このような原子力推進キャンペーンの存在があったと言えるでしょう。

とはいえ、特筆に値するのは、政治的、経済的影響力に一定の限界が存在していること、メディア側にもある程度の自律性が見られることです。社会学的観点から分析すると、ジャーナリズム界における自律性の程度はメディア企業によって異なり、その違いには規則性が認められます。政治的、経済的圧力に対抗できる能力はそれぞれの記者の職業倫理、メディア組織の社風や編集と経営の分離に規定されます。例えば、私はインタビューを通じて、進歩的なジャーナリズム観を持ち、独立の観点から政治・経済権力を監視することを自分の務めだと考える記者たちを知りました。そのような報道の自立性を支える職業倫理はジャーナリスト同士間の評価を重視するメディア組織により多く存在し、主に経済的利益や政治との結びつきを追求するメディア企業とは対照を成しています。

今後は一つの研究プロジェクトとして日本におけるジャーナリズム関連の賞について調査する予定です。各賞が報道活動の評価に用いるさまざまな基準を分析することで、日本のジャーナリズムの構造を理解する一助になればと考えています。

市民社会と社会運動の役割を探究する

私の研究のもう一つの重要なテーマは、日本における市民社会と社会運動の役割です。市民社会は、民主主義を支え、それを保つ重要な存在とされます。通常は国家に対立するものと思われがちですが、実際にはその中にさまざまな団体や組織が存在します。市民社会の機能を理解するには、それを構成する各勢力の相互作用の全貌を把握しなければならない、と私は考えています。

次の大きなプロジェクトでは、市民団体の中でも、政府と密接に結びつき政治的目的の達成に役立てられている団体について考察したいと考えています。このような「官製の市民団体」と、より自律性の高い社会運動がどのように相互に影響し合うのか。そこに関心を持っています。

研究の基盤はピエール・ブルデューの「界」理論

私の研究の基盤を成すのは、「界理論」という社会学的アプローチです。フランスの社会学者ピエール・ブルデューが提唱した「界概念」とは、共通の価値観や利害を持つ人々からなる社会の各領域のことで、それぞれの「界」に特定の形態の資本が存在します。具体的には、政治・経済・文化などの各領域が「界」であり、資本の形態には人的ネットワークなどの社会関係資本や教育に代表される文化資本などがあります。

「界理論」には、他の多くの社会理論と比べても、私たちが社会をより良く理解するための可能性が秘められています。社会の複雑な実態を踏まえた上で、より本質を突いた説明を与えてくれるものだと、私は信じています。この理論を日本社会だけでなく、他の社会の状況にも応用し、発展させていきたいです。

この一冊

『Die Regeln der Kunst: Genese und Struktur des Literarischen Feldes』
(Pierre Bourdieu/著 Bernd Schwibs、Achim Russer/ドイツ語訳 Suhrkamp)

本書の中で、ブルデューは20世紀フランスの芸術・文学の発展を検証し、「界」理論と呼ばれる社会学理論を構築しました。この概念はジャーナリズムや医学など、他の領域にも応用可能です。私は博士課程在籍中にこの本を読み、ブルデューの理論枠組みに基づいて研究するようになりました。「界」理論は、現代社会の理解に役立つ強力なツールだと思います。

トビアス・ヴァイス

  • 総合グローバル学部総合グローバル学科
    准教授

ドイツ・ハンブルク大学にて学士号および修士号(日本学)、スイス・チューリッヒ大学にて博士号(日本学)を取得。ドイツ・ハイデルベルク大学で助教授を2年間務めたのち、2022年に上智大学着任。

総合グローバル学科

※この記事の内容は、2023年9月時点のものです

上智大学 Sophia University