有機触媒で新薬開発に挑む。環境に優しく、簡単に使える次世代の触媒とは

有機合成化学が専門の理工学部の鈴木由美子教授は、有機触媒反応を用いた抗がん剤のほか、生体内分子を可視化する蛍光団、肝臓がんを映す造影剤の開発に取り組んでいます。独自の有機物を生み出す有機合成化学の魅力とは?

2021年のノーベル化学賞がドイツのベンジャミン・リストとアメリカのデイヴィッド・マクミランに与えられたのを機に、有機触媒の可能性に広く注目が集まりました。有機触媒は今、金属を含まないゆえに廃棄時の環境への負荷が小さく、安価で扱いも容易である点で、次世代の触媒として期待されています。

私は含窒素複素環式カルベンと呼ばれる新しい有機触媒を使用する化学反応を開発しました。ヒントになったのは、生体内の化学反応を触媒する補酵素ビタミンB1でした。この触媒の利点は、ほかの触媒にはできない反応を起こすことができる点です。

抗がん剤、蛍光団、造影剤の候補を生む有機合成化学

その中で、抗がん活性を持つ、つまりがんの増殖を抑える働きを持つ化合物を見いだしました。本当に抗がん剤になるかどうかまだ分かりませんが、どのような仕組みで抗がん活性を発揮するのかなどを明らかにしたいと考えています。

抗がん剤開発から派生的に、ある蛍光物質も発見しました。名前は「2-アミノキナゾリン」と言います。比較的小さな分子なので、生体内の分子に組み込んでも、その分子の動きを邪魔しません。蛍光強度も高く、合成も容易である点も従来の蛍光物質より優れています。

私たちはこれを生体内で遺伝情報の伝達やタンパク質の合成など重要な役割を果たしているRNAを調べる道具として利用できないかと考えています。蛍光団をRNAに組み込み、電子顕微鏡によりRNAが細胞の中でどんな動きをしているかを観察できるようにするのが狙いです。

有機合成化学の研究を長く続けてきたせいか、外部から「こんな有機化合物が作れないか」と声をかけられることもあります。今、聖マリアンナ医科大学消化器内科の松本伸行先生との共同研究で、新たなタイプの造影剤の開発に取り組んでいます。造影剤は、X線などを用いて画像診断で、体内の特定の組織を強調して撮影するための薬剤ですが、従来のものは腎臓に負荷を与えるという弱点を抱えていました。そのため腎臓機能が弱っている患者さんには使いづらかったのです。

一方、既存の造影剤がほとんど腎臓に取り込まれるのに対し、私たちが開発中のものは腎臓の前に一部は肝臓にも取り込まれるため、腎臓への負荷を低減できます。しかも個々の肝細胞も造影して可視化できるので、肝がんや肝炎など肝疾患のより精密な診断にも使えるのではないかと期待しています。

予想が外れても理由を考えるのが楽しい

生体内のビタミンB1などにヒントを得て開発したカルベン触媒反応から、その反応で見いだした抗がん活性を持つ物質、その抗がん剤開発の過程で見つけた蛍光物質、有機合成化学のノウハウを活かした造影剤まで、これまでさまざまな有機化合物を作ってきました。これまで世界に存在しなかった、しかも大きな可能性を秘める物質を作り出せるところに研究のやりがいを感じます。予想通りの化学反応が起きてもうれしいですが、予想が外れて「どうしてこんな反応が起きたのか」と考えるのも楽しいですね。

私は科学的に意味があるか、面白いか面白くないかを重要視しています。学生に「ほかの研究者がやっているから私たちは違うことをしたほうがいいよね」と言うこともあります。自分たちにしかできないオリジナリティのある研究を行い、それを成果につなげていきたいですね。

この一冊

『道ありき』
(三浦綾子/著 主婦の友社)

戦中に小学校教師として軍国教育に加担した罪悪感から戦後退職し、結核の療養中に出会ったキリスト信仰の道を歩んだ著者の自伝的作品です。高校時代、一時は教会から離れていた私を再び信仰に導いてくれたのが本書でした。

鈴木 由美子

  • 理工学部物質生命理工学科
    教授

静岡県立大学薬学部卒、同大学院薬学研究科博士後期課程修了。博士(薬学)。アメリカコロンビア大学化学科博士研究員、静岡県立大学薬学部薬学科講師、上智大学理工学部准教授などを経て、2022年より現職。

物質生命理工学科

※この記事の内容は、2022年8月時点のものです

上智大学 Sophia University