国際政治経済論が専門である総合グローバル学部の鈴木一敏教授。文献を用いた調査に加え、コンピューターを使ったシミュレーションで国家間の通商交渉について研究しています。複雑で分かりにくい国際政治に共通する因果メカニズムとは?
私の研究には二つの柱があります。一つは、国家間の通商交渉がどんな理由で、どういった経緯を経てその結果にたどり着いたのかということを記録文書や関係者へのインタビューから分析しています。
日米貿易摩擦を例にあげると、対日貿易赤字が増大したアメリカは、自国の製品を日本の市場で売るためにさまざまな要求をしてきました。日本側としてはどの分野で譲歩するのかが問題でしたが、各省庁の担当者レベルの交渉においてはそれぞれの担当領域の中でしか対応できないため、「農産物を輸入自由化しないかわりに工業製品で条件を受け入れます」というような譲歩は難しかった。しかし、両国のトップレベルの政治家が交渉することで縦割り行政をブリッジする判断が可能になりました。
同じような現象は、いろいろな分野がパッケージにされるFTA(特定の国や地域の間で関税など貿易の障壁を削減・撤廃することを目的とする協定)交渉でも見られます。日本は交渉時に誰がどの段階で対応するのか、品目ごとにどういった順番で交渉するのか、といったことをうまくコントロールすることで、難しい農業問題を回避しつつ交渉を進めました。もともと日本はFTAに最も消極的な国の一つだったのですが、2000年代初頭に世界的にもかなりのスピードでFTAを締結することに成功します。これがその後の日本の立場を強め、いまのCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)やRCEP(地域的な包括的経済連携)といった協定にも繋がっていきました。
シミュレーションで国際政治の理論を検証する
もう一つの研究の柱は、マルチエージェント・シミュレーションです。もともとマルチエージェント・シミュレーションは複雑系科学でよく使われてきた手法で、粒子・動物・人間・国家などが相互作用する現象を解析するのに向いています。
私が得意とする手法は、コンピューターの中にソフトウェアで仮想の国家をつくり、国際政治の理論に沿って動かしてみて、理論通りの結果が出るのかを確かめるというもの。例えば、保護主義的なブロック経済にならないように、多角主義や自由化を推進するGATT(関税および貿易に関する一般協定)やWTO(世界貿易機関)が発足しましたが、その体制がどのようにできて、どう変わっていくのかという理論を仮想国家で検証したりしています。単純な仮想国家の相互作用さえ説明できない理論では、複雑な現実社会を説明できるわけがありませんから、実証の前段階として、理論の検証をシミュレーションで行うのです。
また、近年は米中経済摩擦やロシア制裁などの文脈で、経済的威圧や相互依存の武器化といったことが注目されています。フレンド・シェアリング(同盟国に生産を移すこと)など自国の経済を守る経済安全保障の動きが、国際政治にどういった影響をもたらすのかも、シミュレーションを使って分析しようとしています。
政治学は、人間や社会を対象とした科学
昨今の米中摩擦を見ていると、日米関係で起きたことと似たようなことも起きています。国際政治では、一見すると関連性がないと思われる事象にも共通する因果メカニズムがある。そのことに気がつくと、さまざまなニュースを見たときに「これはもしかすると…」と思えるようになりますし、国際政治の未来を予測するうえでの引き出しを持つことができます。
政治学は、人間や社会といった対象を科学的手法で分析する科学です。複雑で分かりにくい国際政治を因果メカニズムから少しでも多く解き明かしたい。私はそうした気持ちで研究に挑んでいます。
この一冊
『Exit, Voice, and Loyalty』
(Albert O. Hirschman/著 Harvard University Press)
組織に不満を感じたときに個人がとる手段は「Exit=出て行く」「Voice=意見する」の二つ。この二つの相乗効果が組織に与える影響について、かつて問題になったアメリカの公立学校などを例に解説しています。強い意見を持つ人ほど出て行ってしまうので、改善が難しくなるという話です。香港の民主化運動やサークルの運営などにも当てはめることができそうです。日常の中のメカニズムに気づき、視野が広がる一冊です。
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鈴木 一敏
- 総合グローバル学部総合グローバル学科
教授
- 総合グローバル学部総合グローバル学科
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東京外国語大学外国語学部スペイン語学科卒、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻国際関係論分野博士後期課程単位取得退学。博士(学術)。広島大学法学部准教授を経て、2018年より現職。
- 総合グローバル学科
※この記事の内容は、2023年10月時点のものです