雇用のあり方を探って見える、日本の労働者の立ち位置とアイデンティティ

労働者の雇用が規制緩和されて以来、日本では正規・非正規雇用の格差が社会問題となってきました。総合人間科学部の今井順教授は、日本と他国の労働雇用を比較しながら、日本の労働者の立ち位置について研究しています。

私は大学卒業後、銀行に勤務していたとき、「どうしてみんな、そこまで一生懸命働くのか」と違和感を覚えることがありました。「転勤しろ」と言われれば転勤し、「残業しろ」「次はこの部署に行け」と命じられたら当然のように従う。日々の働き方やキャリアのあり方が、どんな過程を経て出来上がってきたのか。他国と異なる特質を持つと言われる日本の雇用のあり方が、どう成立しているのか。これらを探ろうと考え、大学院に進学しました。

研究を始めた当初は、正規雇用者を研究対象としていましたが、現在では、非正規雇用者との格差を主な研究テーマとしています。格差は先進国ならどこでもありますが、とりわけ日本の格差は深刻で、格差対策が行われていても改善されない。なぜなのだろうと着目しています。

国によって大きく異なる賃金の決め方

賃金の決め方は、国によって大きく異なります。日本の場合、企業ごとに水準が異なっています。賃金を交渉する主体は労働組合ですが、日本の労働組合は企業別につくられているので、交渉は各企業で働く正社員のために行われます。そのため、大企業と中小企業では仕事内容がさほど変わらなくても、賃金は大きく異なっています。「ジョブ型」を成立させるのは難しいのです。

一方、例えばドイツの場合、職業によって水準が異なります。組合が職業別に組織され、大企業でも中小企業でも、例えば旋盤工なら旋盤工としての基礎的な地位は、どの企業でも同一です。旋盤工の労働組合があって、賃金を労使間で交渉するからです。

賃金だけではありません。企業は、日本の労働者のアイデンティティにも影響を与えています。さまざまな生活・経済的条件が、企業単位で決まるためです。日本には国民健康保険という国民皆保険制度がありますが、大企業では、独自に健康保険組合を持っています。年金制度も同様で、より充実した制度を作っています。企業が人生を丸抱えする時期が続き、社会的ステータスとして、企業別という単位が強く根付いた社会が形成されています。対してドイツでは職業ごとに健康保険や年金があり、職業別でのアイデンティティが根付いています。

日本の働き方を変えるのは、正規雇用者の働き方

非正規雇用者とは、「企業中心社会という枠の中に入れない人たち」です。ドイツの場合、もともと職業別に賃金が決まっているため、正規であれ、パートであれ、1時間単位の賃金を揃えることは難しくありません。ところが日本は同一労働・同一賃金と言われても、企業ごとに賃金が決まっているため、揃えられない。厚生労働省でも議論が進みましたが、元々あった日本の正規・非正規の違いを法として明文化しただけで、むしろ格差を追認してしまいました。今や格差は、法のお墨付きを得た「正当な不平等」です。

待遇を良くしようと思ったら正社員になるのが一番なのですが、それはつまり残業や転勤という企業からの要請を受け入れなければならないということ。一方で、家庭の事情などから非正規雇用や限定正社員を選択せざるを得ない人も相当数存在します。

日本では、正規雇用の人たちの働き方を変えない限り、正規雇用中心という発想を変えない限り、真の意味での平等を実現することは難しい。私は、海外から日本を俯瞰して見つめた経験を活かし、日本の労働者が現在の不公正な構造に囚われ続けることのないように、発信し続けていこうと考えています。将来は、より多くの国での雇用関係の枠組みや考え方を比較し、日本の特徴をさらに明らかにしていきたいと考えています。

この一冊

『堕落論』
(坂口安吾/著 新潮文庫)

大学院生の時から何度も手に取っています。常識や、お仕着せの正しさから「堕落すべきだ」と唱える本です。既成概念からの脱却と再構築が描かれていると捉えると、私自身の研究とシンクロするところがあります。

今井 順

  • 総合人間科学部社会学科
    教授

国際基督教大学教養学部社会科学科卒業後、住友銀行で4年間勤務。ニューヨーク州立大学ストー二―ブルック校でPhD(Sociology)取得。デュースブルグ・エッセン大学東アジア研究所・社会学部で博士研究員、東北大学大学院文学研究科で助教、北海道大学大学院文学研究科で准教授を経て、2018年より現職。

社会学科

※この記事の内容は、2022年6月時点のものです

上智大学 Sophia University