母親だけに任せるのではなく、社会の中での子育てを目指して

総合人間科学部心理学科
准教授 
齋藤 慈子

少子化に歯止めがかからない日本。その原因の一つは、母親にかかる育児負担の大きさです。総合人間科学部の齋藤慈子准教授は、社会で子育てするためのシステム作りの研究をしています。

「親ガチャ」という言葉が象徴するように、子どもの人生は親の責任と思われがちです。しかし実際に子育てをしてみると、「親だけでは絶対に無理」と思う場面が少なからずあります。「子育てを社会の中で」と理想が掲げられてはいるものの、今の日本では程遠いのが現実でしょう。どうすれば多くの人に子育て、子どもの育ちに関わってもらえるのか、これが現在の私の研究テーマです。

「赤ちゃんにとってママが一番」は真実なのか

日本では「子どもが小さいうちは、家で母親に育てられるのがよい」と言われることがあります。これは発達心理学でいう愛着理論で語られることが多く、赤ちゃんはまず母親との間に親密な愛着関係を築くことで、それ以外の人との愛着関係を結べるのだというものです。しかし近年の研究では、愛着の対象は父親でもそれ以外の人でもよいことが分かっています。

実際、「夫は仕事、妻は家庭」という考えは近代のものです。江戸時代などは農民も町民も男女関係なく働いていましたし、武家や公家などでは乳母が育てるのが当たり前。「ママが一番」と言われるようになったのは、最近のことでしょう。

生物学的な視点でも考えてみました。私は発達心理学のほかに、人間を生物として捉える進化心理学も専門にしています。その観点でヒトとほかの霊長類を比較すると、ヒトの特殊性が見えてきます。

ヒトの赤ちゃんはほかの霊長類に比べて未熟な状態で生まれてくるので、育児に手間も時間もかかります。ヒトの出産は比較的難産で、母親は疲弊した状態で育児を始めます。さらに授乳期間が2-3年程度と短いため(現代では1年未満のことも)、次の出産までの間隔が短い。幼い子を育てながら乳児を育てる負担は大きく、母親以外の手助けはどうしても必要なのです。

子育てが大変なら周囲が助けるシステムを作りたい

ほかの霊長類の場合、オスはほぼ育児に参加しません。ヒトに近いとされるチンパンジーもゴリラも、子どもが小さいうちは、育児は母親だけが担います。

しかし、人間のように子どもが生まれた直後から母親以外の個体が子育てにかかわる霊長類もいます。コモンマーモセットという小型のサルは、年に2回双子を出産し、授乳しながら次の子を妊娠するのです。新生児の体重は2匹で親の体重の20%、離乳が終わる頃には100%になります。子育ての負担が大きいので、父親はもちろん兄や姉も積極的に育児に参加し、食料を分け与え、赤ちゃんザルを背中に乗せて移動するのです。母親だけで子育てするのが大変な種は、周囲がサポートするといえるでしょう。

人間もいろいろな人の手を借りて子育てする方がいいのではないでしょうか。でも今はそのシステムがない、だから作りたい。

私は子育て中の親はもちろん、子どもや保育士、子育てを終えた人、子育て経験のない人など幅広い世代にインタビューし、家族以外の第三者が関わる形で「社会の中で子育て」を実践する方法を探っています。多くの人が柔軟に子育てに関われば、親の負担が軽くなるだけでなく、子どもや関わる人たちにもメリットがあるでしょう。少子化の改善にも意義あることだと考えています。

この一冊

『子どもという価値』
(柏木恵子/著 中公新書)

「母親なら子育てを幸せだと思って当然」という価値観が強かった時代に、「そうとは限らないよ」とさまざまなデータをもとに教えてくれた本。働きながら子育てしてもいい、人を頼っていいと、背中を押してもらえました。

齋藤 慈子

  • 総合人間科学部心理学科
    准教授

東京大学教養学部生命・認知科学科卒、同総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。同大学同研究科助教、講師、武蔵野大学教育学部講師などを経て、2018年より現職。

心理学科

※この記事の内容は、2023年7月時点のものです

上智大学 Sophia University