認知症の早期発見を「早期絶望」にしないため、心理学にできること

高齢者人口の増加に伴い、認知症患者も増えています。記憶力や判断力の低下を少しでも食い止め、認知症でも自分らしく人生を楽しむために心理学に何ができるのか、総合人間科学部の松田修教授が語ります。

皆さんが抱く認知症のイメージとは、どんなものでしょう。「何もできなくなり、自分のことさえわからなくなる」と思うかもしれませんが、初期の段階であれば物忘れはあっても仕事や家事ができる人も多いですし、薬物治療や周囲のサポートで進行を遅らせることも可能です。しかし、いまだに「早期発見は早期絶望」と考える人が少なくないのも事実です。

認知症でもできること・できないことを調べ、実生活に活かす

私は公認心理師の立場から、認知症の心理検査や心理的サポートを中心に研究を進めています。日本人の認知症の7割近くを占めるアルツハイマー型認知症の場合、病気の時期によって衰えやすい能力もありますが、保持されている能力もあります。それを心理検査で調べ、日常生活の中で「ここまではできるが、ここから先は今までで通りではうまくいかない、ではどんな工夫が必要か」という点を確認していきます。その結果を日常生活に活かし、本人にやり方を変えてもらったり、ご家族や介護の専門職の人たちがサポート方法を見直してもらったりしていくことが目的です。

21世紀になり、認知症のごく初期で受診する患者さんも増えてきました。医学的な検査だけでなく心理面の検査やアセスメントも重要になっているのですが、従来の検査では早期の診断が難しいケースも少なくありません。時代に対応した新しい検査方法の開発や、海外の新しい検査方法の日本語版の製作も進めています。

認知症になっても人生は終わらない、絶望する必要などない

もう一つ私が力を入れているのは、認知機能の低下による不安や苦悩を少しでも解消する方法を探ることです。認知症専門の医師らとともに認知機能維持のためのエクササイズや、他者と関わりながら達成感や喜びを感じられるプログラムを開発し、その効果や有用性について検証しているところです。

認知症の人は折に触れて周囲から「また忘れている」と注意されますし、できないことも増えて自信を失いがちです。人と関わることを避ける人も多くなります。それでも目標を決めて協力し合って活動することで、「自分にもまだできることがある」と実感できるのです。また、私のゼミの学生らは、認知症ではない高齢者が集う認知症予防カフェも定期的に参加しています。私も授業や会議のない期間は参加します。運動、麻雀、カラオケなどもする。楽しく、でも、しっかり脳と心を使いながら、認知機能の低下を防ぐことができたらと思っています。

私が目指すのは、「認知症になったら終わり」というイメージを払拭することです。認知症になると最もショックを受けるのはご本人です。自分の中の認知症の絶望的なイメージが自身を苦しめていることが伝わってきます。しかし認知症は恥ずかしいことでも、本人の生活習慣などが引き起こしたものでもありません。高齢になると誰もが認知症になる可能性があり、認知症とともに日常を生きて行かなくてはいけません。

公認心理師は認知症を治すことはできませんが、その苦悩や葛藤に一緒に向き合うことはできます。日常生活の障害を減らし、他者と交流し、喜びや達成感という感情を高めることで重症化を防ぐことも予防の一つ。それこそが心理学の仕事だと考えています。

この一冊

『今日の老年期痴呆治療』
(松下正明/著 金剛出版)

同じ認知症でも徘徊する人もいればしない人もいる、その違いに心理的な要因が関与することを教えてくれた本です。「脳が物理的に変化する病気に心理学は役立つのか」と悩んでいた私に研究の方向性を示してくれました。

松田 修

  • 総合人間科学部心理学科
    教授

1996年3月東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。博士(保健学)取得。東京学芸大学心理学科助手、専任講師、助教授、准教授を経て、2017年4月より現職。2021年4月より、総合人間科学研究科委員長。

心理学科

※この記事の内容は、2023年7月時点のものです

上智大学 Sophia University