貿易は環境問題を改善できるか。世界が連動する時代に必要な経済学的視点

経済学部経済学科
教授 
蓬田 守弘

経済活動は人々の生活を豊かにする一方、地球温暖化や環境破壊といった問題も引き起こします。貿易にどのようなルールを設ければ、活発な経済活動と環境問題の解決が両立するのか。経済学部の蓬田守弘教授が語ります。

私は国際経済学の中でも、国際貿易をテーマに研究しています。特に力を入れているのは環境問題と貿易の関係です。

国際貿易は本来、売る国にも買う国にもメリットがあるものです。だから自由貿易が重要なのだと、18世紀イギリスの経済学者アダム・スミスは主張しました。実際、20世紀前半の世界恐慌により自由貿易が制限されたことが第二次世界大戦の要因の一つとされています。自由貿易は世界平和にとっても大切なのです。

一方で、活発な経済活動が公害や環境悪化をもたらすという側面があります。私は貿易の拡大が環境問題にどんな影響を与えるのか、その関係性を研究しています。

先進国がCO2排出量を規制しても、地球全体の排出量は減らない

2015年のパリ協定で、温室効果ガス排出量の削減のための合意がなされました。それ以降、各国はさまざまな政策を打ち出しています。特に積極的なのはEU(欧州連合)です。石油や石炭などの化石燃料で生産された製品には、炭素税と呼ばれる税金が課されることが主流です。

一方、中国やインドなどの新興国は、CO2削減に積極的とは言えません。規制を強化することによって、自国の経済が冷え込むことを恐れているのです。

たしかに先進国は、過去に大量のCO2を排出して経済発展を遂げた歴史があります。それが現在も大気中に残り、温暖化を招いているのです。新興国にとっては、自分たちの経済発展だけブレーキがかけられるのは不公平です。そのため、途上国では先進国よりCO2の排出規制が軽減されています。

そこで問題になるのが、貿易です。自由な国際貿易は、その産業に適した国で生産し、必要とする国に輸出するという原則の上に成り立っています。先進国がCO2排出を削減すればするほど、化石燃料を大量に使う鉄鋼やセメントなどを自国で生産できなくなります。その結果、輸入に頼ることになり、輸出国となるのはCO2排出規制が緩い途上国です。つまり地球全体で見たときのCO2排出は減らない、むしろ増える懸念さえあります。このような事態をカーボンリンゲージと呼びます。

炭素税導入で日本の未来はどう変わるか、データをもとに分析する

世界経済の連動性が高まっている現代では、地球温暖化対策に各国の協力関係は欠かせません。EUでは、CO2の排出量に応じて関税をかける炭素関税を2023年10月から始めることを大筋で合意しています。

炭素関税の導入後、EUへの輸入量は減るのか、カーボンリンゲージは抑制されるのか、世界全体の貿易量はどう変わるのか、日本にはどんな影響があるのか――。今、私はさまざまなデータをもとに理論分析しています。

日本ではまだ本格的な炭素税は導入されておらず、制度の検討段階にあります。関税率をどのくらいに設定すればCO2の削減に効果があるのか、逆に何もしなければどうなるか、貿易にどんな影響があるのか、検討課題は多くあります。また、炭素税や炭素関税を導入することで不利益を被る人たちもいるため、政策を実行するには明確な根拠が必要です。私の研究は政策を検討するための一助にもなると考えています。

この一冊

『あなたのTシャツはどこから来たのか?』
(ピエトラ・リボリ/著 雨宮寛、今井章子/訳 東洋経済新報社)

大学で販売される6ドルTシャツはどこで生まれたのか?アメリカで生産されたコットンが最貧国の縫製工場で製品化されるまでを追いかけたドキュメント。1枚のTシャツを通じて、国際貿易の光と影がリアルに浮かび上がります。

蓬田 守弘

  • 経済学部経済学科
    教授 

2003年にアメリカ・ロチェスター大学で経済学博士学位(Ph.D. in Economics)を取得。その後、 一橋大学大学院経済学研究科の専任講師などを経て、2015年より現職。

経済学科

※この記事の内容は、2022年10月時点のものです

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