遷移金属錯体を用いて、付加価値の高い化合物を作る

錯体化学や生物無機化学が専門の理工学部の長尾宏隆教授は、化学の力によって、安定な窒素化合物や地球温暖化の原因となるCO2などの物質を有用な化合物に変換する研究をしています。難題への挑戦を続ける、その意義について語っています。

生物にとって重要な窒素化合物や二酸化炭素CO2などの問題物質を、いかに有用なものに変えるかといった研究に、今いちばん力を注いでいます。

研究のターゲットにしている分子やイオンは、空気の約8割を占める窒素(N)やCO2に含まれる炭素(C)です。これらを遷移金属錯体に固定して捕まえる。反応の中心として使うのが、金属と非金属の原子が結合した特異な構造と性質を持つ金属錯体です。

分子やイオンの化学結合の切り貼りをこの金属錯体上で行うわけですが、高校の教科書的にいえば酸化還元反応を活用するのです。それによって、対象物質から高付加価値な化合物を作ろうという試みです。

多様な化学をつなぎ、自然にも学ぶ

化学分野で新たな研究領域となる生物無機化学。これは、自然界の生物の反応を理解し、いかにそれを人工的に有用なプロセスに近付けるかを考える新たな研究領域です。例えば、空気中に多量に存在する窒素分子をアンモニアに変換する方法は、人工的にはまだハーバー・ボッシュ法しかありません。優れた方法ですが、製造に必要なエネルギーと原料となる水素に非常に費用がかかる。これに対し、自然界では、それを容易に行う生物がいます。根粒バクテリアです。マメ科の植物の根っこに棲んでいて、彼らは空気中の窒素をアンモニアに簡単に変換します。

そうした生物無機化学のアプローチも採り入れながら、遷移金属錯体を使った窒素や炭素の変換もビーカーサイズで模索する。つまり、生物無機化学と錯体化学は、多様な化学の要素をつなぐような領域なのです。

そのため私も、分野をまたぐさまざまな化学的研究に関わっています。抗がん剤のシスプラチンは金属錯体ですが、その作用機構が最近、生物無機化学の解釈から分かってきました。「副作用をなくすためにはどうするか」というような課題を、生物系の先生と腐心しながら研究しています。

難易度は高い。でも、やらなきゃできない

「過去に誰も作ってないものをゼロから自分で作る」が私の研究グループのモットー。学生とともに毎年20個ほどの新しい遷移金属錯体を作っていますが、なかには使い道の分からないものや、すでに学会に報告されているものもできる。でもまれに、想定外のものが突然生まれて、学会にインパクトを与えることもあります。10年前の錯体を今さら引っ張りだしてみたら予想外にいい反応が出た、ということもあるのです。

研究手法では、特殊な装置や多くのエネルギーを使わずに、いかに難しい化学反応を導けるかにこだわっています。どこにでもある器具を用いて、室温~100 ℃程度の温和な温度条件で実験に取り組んでいます。これだけ環境が騒がれている時代、研究に使うエネルギーは最小限に抑えて最大の効果を得るのも譲れないポイントです。

空気中のCO2をアルコールに変換する。あるいは、空気中の窒素をアンモニアに変換させる。それをいつか自動車のエンジン燃料などに利用できれば、カーボンニュートラルなエネルギー社会に貢献できるはずです。ちなみに、空気中の窒素を産業などで活用しやすい窒素化合物に変換する窒素固定の画期的な手法を生み出すことは、多くの化学系研究者が100年以上研究していて誰も成功していません。至って難易度が高い。でも、やらなきゃできない。ひたすら挑み続けるのみです。

この一冊

『元素111の新知識』
(桜井 弘/著 講談社)

授業で学生にも紹介している本。研究ではよく使うものの一般にはあまり知られていない金属「ルテニウム」や、身近な元素の性質や用途なども分かりやすく解説しています。化学への興味が湧くこと間違いなしです。

長尾 宏隆

  • 理工学部物質生命理工学科
    教授

上智大学理工学研究科博士後期課程修了。理学博士。岡崎国立共同研究機構分子科学研究所助手、上智大学理工学部助手、講師、助教授、准教授を経て、2010年より現職。

物質生命理工学科

※この記事の内容は、2022年6月時点のものです

上智大学 Sophia University