人と人とのコミュニケーションに欠かせない音声の研究をしている、理工学部の荒井隆行教授。語学教育から医療、福祉まで社会に役立つ研究の具体例や理系文系の垣根を超えたこの分野の魅力について語ってもらいました。
人間同士のコミュニケーションにはさまざまな形態がありますが、その一つは音声を介して行われます。私の専門である音声コミュニケーションでは、多角的に音声の現象を捉え、そのメカニズムを科学的に明らかにする音声研究という学問を進めています。そして私自身は研究で得た知見を、教育や福祉、医療など、社会に役立つ形にすることを心がけています。
例えばコンピューターで音声を解析し、音声に関わる処理の仕組みを解明したり、言語の発音や聞き取りが外国人とネイティブでどう違うかを分析して言語教育へ応用したりもしています。ALSなどで声を失ったあとも、自分の声でコミュニケーションができる「マイボイス」というソフトウェアを使ったプロジェクトにも参加しました。そのほか、お年寄りや障害者が聞きやすい音声は何かの追求もしています。英語については、NHKのEテレ子ども向け英語番組「えいごであそぼ with Orton」に監修者として携わり、英語の音に対し子どもたちに気づきを与えるような実験道具を提案。英語の「th」の回では、ゴムひもを上の歯と舌先で挟んで引っ張って単語の 「that」 を発音すると「th」の音が出る道具を紹介しました。
声道模型の飛沫実験で感染症対策にも貢献
研究手法はコンピューターだけでなく、声道模型や肺の模型などを積極的に使用しています。声道模型は人間の声の通り道である声道と呼ばれる音響管で作ったもので、もともと日本の研究者が1930年代に世界に先駆けて製作しました。音源を入れると人工的な母音が「あ・い・う・え・お」とまるで人間の声のように出てきます。我々が開発している最近の声道は形が外からよく見えるので、言語聴覚士や医療関係者に発音の仕組みを教えるときにも役立ちます。また、最近では新型コロナウイルス感染症対策につながる実験として、飛沫の飛び方を声道模型を使って検証しました。
私が音声に魅せられたのは、子どもの頃。クラシック音楽好きな家庭に生まれ、私自身もバイオリンを習うなど、周囲には常に音楽がありました。10歳の頃にドイツに渡り、そこでドイツ語の発音や聴き取りに苦労した経験も大きいですね。小6で日本に戻り、大学では理工学部で音響学を学びましたが、次第に文系の学問である言語学にも興味を持つようになりました。
理系と文系の垣根を超えた学際的な学問にこだわりたい
その後、研究者として音声研究の本場であるアメリカで学ぶ機会を得て、音声は言葉や聴覚、そして関連する脳や体の多くの器官が連携していること、音声コミュニケーションというテーマで多岐にわたる領域を分野横断的に学べる環境があることを知りました。理系文系の線引きがなく、本来あるべき学問の姿だと感銘を受けた私は、留学をきっかけに理系と周辺分野の垣根を超えたアプローチで研究に取り組んでいます。
今後取り組んでいきたいテーマはたくさんありますが、一つはコンピューターと模型を融合させて、世の中の役に立つ装置を作ることです。例えば、人の声をコンピューターに認知させ、つながれた声道模型がそれをもとに発話する。このような仕組みがロボットとして応用できれば、ロボットが高齢者の話し相手となり、認知症の予防対策になるかもしれません。研究が病気の治療や支援など医療や福祉にも貢献できる成果を出せることを目指しています。
この一冊
『The Speech Chain』
(Peter B. Denes、 Elliot N. Pinson/著 Waveland Pr Inc)
アメリカ留学で言語学を学んだときに、教科書として読んだのが最初です。音声コミュニケーションが体のさまざまな部位と連動し音声の知覚や生成に関わっていることがわかり、とても新鮮でした。英語で書かれていますが、比較的読みやすく、高校生にも、ぜひすすめたい本です。
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荒井 隆行
- 理工学部情報理工学科
教授
- 理工学部情報理工学科
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上智大学理工学部電気・電子工学科卒業、同大大学院理工学研究科電気・電子工学専攻博士課程修了。海外研究機関の客員研究員、上智大学理工学部の助手、専任講師、助教授を経て、2006年より現職。
- 情報理工学科
※この記事の内容は、2022年10月時点のものです