60年安保闘争から見る、社会運動の意義と社会変動のメカニズム

政治社会学を専門とする総合人間科学部の猿谷弘江准教授は、戦後最大の社会運動60年安保闘争に焦点をあてた研究をしています。1年以上にも及んだ大規模な運動の背景には、どのような社会情勢があったのでしょうか。

「社会運動」と聞くと、プラカードを掲げてデモ行進をする人々の姿を思い浮かべる人もいるでしょう。確かにそれも社会運動の一形態ではありますが、そもそも社会運動とは、社会に対して何らかの疑問を持っている人たち、あるいは問題を提起したい人たちが行う集団行動であり、決して特別な思想を持った人だけのものではありません。

私が研究対象としている60年安保闘争は、日米安全保障条約の改定に反対する人々により展開された、戦後最大規模の社会運動です。60年安保闘争は日本の歴史においてどのような役割を果たしたのか。また、60年安保闘争を経て日本はどう変わったのか。研究ではそういった課題に対し、政治的な領域や社会運動の歴史なども交えながら考察を行っています。学問としては、政治社会学、歴史社会学と呼ばれる分野です。

「二度と戦争はしたくない」。背景にあった人々の思い

60年安保闘争の背景にあったのは、人々の「もう二度と戦争に巻き込まれたくない」という強い思いです。当時の内閣が日米安全保障条約の改定交渉に入ったのは、敗戦により大きな痛手を負った日本経済がようやく立ち直り、社会情勢も安定してきた1957年。条約が改定されれば再び戦争に巻き込まれる事態が起こるかもしれないと考えた人々が起こした反対運動は、大規模なデモやストライキに発展しました。最盛期には500万人以上の一般労働者が勤務時間の一部を使って集会や抗議活動を行っていたという記録もあります。

研究の中で私がとても興味深いと感じたのは、60年安保闘争には知識人、学生、労働者など個別のアクターがいて、それぞれの集団の中にも熾烈な競争があったという点です。例えば政治家の場合、根底にある「条約改定、そして条約を阻止したい」という思いは共通していても、社会党と共産党とでは、主張も考え方も異なります。そこで芽生える「ほかの派閥より自分たちの派閥を大きくしたい」というアクター間のライバル心こそが、安保闘争をあれほどまでに盛り上げた理由の一つであり、その後に生まれる各種の運動の発展につながったと私は考えています。社会運動のさまざまな要素が世の中に与える影響や、変革をもたらすメカニズムを解明する楽しさがこの研究にはあります。

行動し、社会を変えた人々の声を現代社会に届けたい

今力を入れているのは、60年安保闘争に参加し、現在も何らかの社会運動に関わっている方々へのインタビューです。生い立ちや安保闘争に関わったきっかけ、現在に至るまでの活動歴など、まずはそれぞれのライフヒストリーをお聞きして、最終的には個人の活動を通して、日本の社会運動のバックグラウンドとなった社会の情勢や人々のあり方、時代の流れなどを明らかにしていきたいですね。みなさん70代後半から80代と高齢ですが、直接会ってお話を聞くと、文献や先行研究だけでは分からなかった部分が明らかになることや、社会に対する自身の信念を持ち続ける姿に感銘を受けることも多々あります。社会に不満や疑問があっても、疑問を提示したり声を上げたりすることを良しとしない今の世の中に、自らの行動で世の中に変化を生み出そうとしてきた人々の力強い言葉を届けたい。そういった思いも、私が研究を続ける原動力になっています。

この一冊

『二つの祖国』
(山崎豊子/著 新潮文庫)

アメリカと日本、二つの国の間で揺れ動く日系アメリカ人の物語。中学生の頃に読み、主人公が抱くアイデンティティーへの複雑な思いや苦悩、人の生き方を強制的に変えてしまう戦争の理不尽さや「国家」というものの力が心に残りました。

猿谷 弘江

  • 総合人間科学部社会学科
    准教授

国際基督教大学教養学部社会科学科卒、上智大学大学院文学研究科博士課程を経て、ミシガン大学大学院博士課程で博士号(社会学)を取得。2013年に上智大学総合人間科学部に助教として赴任し、2017年より現職。

社会学科

※この記事の内容は、2022年10月時点のものです

上智大学 Sophia University