感情という視点から歴史を見ることで、史実に新たな光を当てる

文学部史学科 
准教授 
森田 直子

西洋史が専門である文学部の森田直子准教授は、感情にフォーカスして、既存の歴史的事実や分析に新たな解釈を加える研究をしています。心理学や脳神経科学、哲学など学際的研究の可能性を持つ感情史の魅力を語ります。

史資料等から過去の出来事を分析し、その出来事や時代の真の姿を明らかにしていこうとする学問が歴史学です。私は感情という新たな視点から歴史を分析・研究する、感情史に取り組んでいます。

感情史は、日本では10年ほど前から注目され始めた歴史学の新しいジャンルです。歴史学はいつ誰が何をしたかという無機的な事実の羅列だと認識している人は多いと思いますが、大抵の出来事は人間が引き起こすもの。出来事の裏には、必ず何かしらの感情が潜んでいます。感情史は、その感情に注目し、従来の歴史的解釈とは異なる新たな側面に光を当てようとするものです。

歴史学では感情は厄介者扱いでした。主に文字で書かれた史料を客観的に分析する歴史学では、史料に書かれていない主観的な感情を含む分析は不可能だからです。その流れを変えたのは2001年に起きたアメリカ同時多発テロ事件だったとも言われます。言葉(文字)にしえないショックや怒り、悲しみが爆発したことで、感情というものにもっと目を向けなければという機運が高まったのです。

実際、魔女狩りやナショナリズムなど、感情を抜きにしては説明がつかない歴史事象は少なくありません。同調圧力や無自覚の同意が歴史を動かす要因になっていることもあります。過去の人が残した痕跡から、その時代を浮かび上がらせるのが歴史学の役割ですが、感情の側面から見て新たな色を加えることができる。それが感情史の魅力です。

研究テーマは、19世紀ドイツの決闘と名誉市民

私は19世紀のドイツ史が専門ですが、なかでも男子学生がサークル活動のように行っていた決闘について研究をしています。本当の決闘ではないので殺し合うわけではないのですが、本物の剣を使って斬り合うのです。当然、傷だらけ、血だらけになる。なぜそのような野蛮な行為を日常的にしていたのか。男らしさを誇示するため? 仲間はずれになりたくないから? 名誉のためとして仕方なく? 決闘という事実の背景にある感情から、決闘の意味を浮き彫りにできたらおもしろいと思っています。

もう一つは、名誉市民についての研究です。ドイツでは都市に貢献した人を名誉市民として顕彰するシステムが19世紀初頭からできあがっていきますが、どんな人をどのように選んでいたのか。公の歴史では顕彰されたという事実があるのみでも、議事録などを詳細に見ていくと反対意見が書かれているなど、その都市の政治や人の動きがいきいきと見えてきます。

感情を扱う学問分野との学際的研究も可能に

研究は当時の出版物、議事録、新聞などに加え、ラブレターのような私的文書まで、史料をできる限り集めて読み込むのが基本です。文学作品と照らし合わせることもあります。感情に焦点を絞っているので、心理学や脳神経科学の成果に学ぶこともあります。もちろん文学や哲学にも。そうした学際的な広がりは、感情史ならではのことです。

感情とは何か。歴史において感情はどう機能し、社会を変えていったのか。ソーシャルメディアによって感情が増幅されがちな現代において、感情から起こった過去の出来事を学び、相対的に捉える目を養うことは、今の時代を生きる人に役立つことだと考えます。隣接する学問分野や国外の研究者たちとも交流しながら、感情史の面白さを伝えていきたいと思っています。

この一冊

『ブッデンブローグ家の人びと(上)』
(トーマス・マン/著 望月市恵/訳 岩波文庫)

舞台は19世紀のドイツ、ある名家の没落を四代に渡って描いた大河小説です。家父長制の家族史を陰で支える感情豊かな「女主人公」が非常に魅力的なんです。完全な空想ではなく、歴史的事実が散りばめられているので、ドイツの歴史に興味がある人にもおすすめです。

森田 直子

  • 文学部史学科
    准教授 

東京大学文学部卒業、東京大学大学院人文社会系研究科欧米系文化研究修了、ドイツ連邦共和国ビーレフェルト大学歴史学・哲学・神学学部で博士号取得。立正大学文学部史学科准教授などを経て、2023年より現職。

史学科

※この記事の内容は、2023年5月時点のものです

上智大学 Sophia University