人が新しいことを学習するときには、学習の転移が起きていると話す、国際教養学部の小山デニス准教授。そのプロセスについて研究することで、より効果的な学び方や、より正確な評価方法の確立に役立てたいと考えています。
私は元来、人が外国語を習得する過程に興味があったため、個人の能力を推測する目的で、学習の効果測定を行っていました。その後、研究や実務経験を経て、言語に限らず、学習全般へと関心の対象が広がっていきました。
初めて経験する難しい課題に対応するとき、私たちはこれまでに得た知識や経験を活用することがあります。私は、それがどのようにして、学びの定着や複雑な問題の解決につながるのかを研究しています。これは学習の転移と呼ばれ、従来なかった複雑な問題について考えたり、新たな情報を理解したりする際に、すでに学習したことを応用していくことを指します。昨今注目される、ものごとを論理的に捉えるクリティカルシンキングも、学習の転移と同じことだと私は解釈しています。
クリティカルシンキングの世界共通の定義は、まだありません。その能力を測定するさまざまなテストを比較・研究したところ、クリティカルシンキングとは何かということについて、大きくふたつの捉え方があることが分かりました。専門分野ごとに個別に求められる能力であるという考え方と、汎用性のある一般的な能力であるとする考え方です。問題解決や思考において特定分野の専門的知識は大きな価値がある点に異論はないですが、私自身の考えとしては、後者に近いものですね。
グループ学習による驚くべき効果
また、一人で課題に向き合う場合と、グループで協力する協調学習の効果を比較する研究を行った際は、両者の大きな差に驚きました。複雑なグラフを読み取る授業での理解度を測ったところ、協調学習を行ったクラスのほうが、はるかに内容を深く理解でき、表面的な情報だけでなく、初級者には気づきにくい部分まで理解し、それが定着しているという結果が出たのです。一方、一人で課題に取り組んだクラスのほうでは、教師が最初にグラフに関して詳細な説明をしたにもかかわらず、学習効果が協調学習のクラスよりも明らかに劣る結果となりました。
その理由として、協調学習の方では、グループメンバー間での学習の転移、つまり、グループから個人への転移が起きていることが挙げられます。気づいたことを積極的に指摘すること、そして理解した瞬間に言語化して他者と共有することが、より深い理解や定着につながっていると考えています。
環境問題の解決に取り組む人を育てたい
私の最新の研究テーマは、脱炭素や環境問題についてです。これらの難題を解決するためには、まさにクリティカルシンキングや学習の転移が不可欠です。
執筆中の共同研究論文では、エコ・リテラシーのある人をどう育てていくかを論じています。環境問題は、知識だけで解決できるものではありません。実際に行動しなければ、知識が意味を持たない分野です。そこで、なぜ人は環境問題に対して行動を起こさないのか、その原因は、知識の量よりも、行動力に関するその人自身の気質にあるのではないか、という仮説を立てて考察しています。
一方で、授業で環境問題を取り上げると、学生たちの知識は非常に偏っていることがわかります。主な情報源であるニュース自体が、風力や太陽光発電などのグリーンエネルギーの可能性に対して、ただただ悲観的か、過度に楽観的かのどちらかなのですから。そこで、風力や太陽光発電の割合は利用エネルギーの1%以下であり、今の99倍のエネルギー出力を供給できない限り問題解決の手段にはならないことや、国内外で研究が進むトリウム溶融塩炉などの代替エネルギーの存在についても考えてもらうようにしています。
課題を直視し、知りうる事実を持ち寄り、世界の全体像を知ることで、学生たちの視野は広がります。クリティカルシンキングや学習の転移は、日々の生活の中で、何を選択するべきかを考えるうえでも重要なのです。
この一冊
『SOETSU YANAGI Selected Essays on JAPANESE FOLK CRAFTS』
(柳宗悦/著 Michael Brase/訳 出版文化産業振興財団)
大量生産品では心が満たされないのはなぜか? 「嫌々仕事をしている人が作ったものだから」という言葉に、深く共感しました。教育も同じです。職人を育てる独特の手法には、教授法、さらに協調学習や学習の転移の原理に通じる部分があると感じます。
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小山 デニス
- 国際教養学部国際教養学科
准教授
- 国際教養学部国際教養学科
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ハワイ大学マノア校にて修士号、米国インディアナ州のパデュー大学にて博士号を取得。教育学研究者、統計学者として、北米、アジア、中東で教鞭を取り、クリティカルシンキング、協調学習、学習の転移、第2外国語によるライティング、言語テスト、専門能力開発などに関する研究を発表している。2019年春より現職。
- 国際教養学科
※この記事の内容は、2022年8月時点のものです