大気中の化学反応を解き明し、地球史、生命誕生の謎に迫る

大気化学が専門の理工学部の冬月世馬准教授は、測定と理論計算により地球や系外惑星の大気での化学反応の研究に取り組んでいます。地球史や生命誕生の謎の解明にも役立つ大気化学の魅力とは?

空気など気体中に浮遊する微粒子はエアロゾルと呼ばれます。焚き火の煙やスプレーの霧も、その一種です。エアロゾルにはさまざまな種類がありますが、私は地上から10〜50キロにある成層圏を漂う硫酸エアロゾルに着目し、研究を行っています。

硫酸エアロゾルは太陽光を反射し、地表に届く日射量を減らします。温暖効果を持つ二酸化炭素と対照的に、この微粒子には冷却効果があるのです。1991年にフィリピンで起きたピナツボ山の巨大噴火後の数年間、地球全体で平均気温が約0.4度下がりました。その主な要因の一つは、硫酸エアロゾルだと考えられています。成層圏に到達した噴煙に含まれる二酸化硫黄や硫化水素などの硫黄化合物から化学変化により硫酸エアロゾルが作られるためです。

硫黄循環を解明し、大気中での化学反応の全貌を探る

ピナツボ火山噴火後の気温低下にヒントを得て、1995年のノーベル化学賞受賞者で、オゾンホールの研究で有名なクルッツェンは地球温暖化対策の一つとして硫黄化合物を成層圏へ注入するというアイデアを出し、その後、研究者の間で検討が進んでいます。しかし、毒性のある物質を安易に放出し、大気汚染や健康問題を引き起こすわけにはいきません。効果と副作用を正確に見積もるには、硫酸エアロゾルの由来を解明する必要があります。

硫酸エアロゾルは、二酸化硫黄のほか大気中に最も多く含まれる硫化カルボニルなどに由来すると考えられています。ところが、硫化カルボニルが地球上のどこで発生し、どのように成層圏へ移動するのかがまだわかっていません。その最大の理由の一つは、地表とは環境の違う成層圏における化学反応について、理解が足りていないことです。

私の研究室では最近、産業総合研究所や東京工業大学の研究者と共同で、大気中の硫化カルボニルの濃度を測定する測定装置と数値モデルを開発しました。その測定装置を用いて日本各地で観測を行い、結果を数値モデルに組み込んで成層圏で硫酸エアロゾルが作られる化学反応を解明したいと考えています。

硫黄は、二酸化硫黄、硫化水素、硫化カルボニル、硫酸エアロゾルなどさまざまな化合物の一部として姿形を変えながら地球を循環しています。この硫黄循環や大気で起きている化学反応の全貌を把握するのが、私の目標です。

空間的にも時間的にも大きなスケールの現象に繋がる大気化学

硫黄循環の研究は、現在の地球の気候変動だけでなく、太古の地球や系外惑星の大気の実態に迫る手がかりになります。文部科学省に2022年度に採択された研究プロジェクト「CO環境の生命惑星化学」では、私も理論班の一員として、一酸化炭素が豊富に存在したとされる初期地球の大気中での化学反応を理論的に予測する研究に取り組んでいます。

現在、地球上の大気の約21%を酸素が占めています。酸素を作り出しているのは、細菌のシアノバクテリアや植物など光合成を行う生物です。私たちは、酸素が増え始める前、大気中には一酸化炭素が豊富で、RNAやDNAなど複雑な分子を作るのに好都合であったと考えています。その仮説を検証するのがプロジェクトの狙いです。

日々の研究活動はとても地道です。しかし、複雑な化学反応の細かなプロセスの知識が、気候変動、地球史、生命誕生といった空間的にも時間的にも大きなスケールの現象の理解に繋がるところに、この研究の魅力を感じています。

この一冊

『地球システム科学の基礎 変わりつづける大気環境』
(T. E. Graedel, P. J. Crutzen/著 河村公隆・和田直子/訳 学会出版センター)

1950年代に米国、ソ連、フランス、イギリスなどが核実験を行い、大気への影響を懸念する科学者らが大気化学を生み出しました。本書はこの分野の先駆者によって書かれています。図解が豊富で、大気化学の学習に最適です。

冬月 世馬

  • 理工学部物質生命理工学科
    准教授

金沢大学理学部化学科卒。東京工業大学大学院総合理工学研究科修了(博士)、東京工業大学大学院地球惑星専攻研究員、上智大学理工学部物質生命理工学科助教を経て、現職。

物質生命理工学科

※この記事の内容は、2022年7月時点のものです

上智大学 Sophia University