ロシアの軍事侵攻で揺さぶられるドイツ、その背景にあるものとは

ドイツ政治が専門の外国語学部の河﨑健教授。ロシアがウクライナに侵攻したことで、就任したばかりだったドイツのショルツ首相が陥ることになったジレンマについて、背景にある独露関係史を含めて語ります。

2022年2月、ロシア軍がウクライナへの侵攻を開始しました。これに対し、NATO諸国はロシアを強く非難、直ちに経済制裁を実行します。しかし、そのなかでEUのリーダー格であるドイツの態度は、アメリカが「足並みを乱すな」と苦言を呈するほど消極的でした。なぜでしょう?

世界を見渡せば、ロシアに味方する国、中立を表明して経済制裁に加わらず事実上ロシアを助けている国も少なくありません。日本人には理不尽に見えるそうした意思決定が、それぞれの国、正確に言えば現政権にとっては合理的である理由を理解するためには、その国の現在の政治・経済・外交の状況だけでなく、歴史も遡って調べる必要があります。各国間との関係性や、経済、文化などのさまざまな視点から俯瞰することで、見えてくるものがあるのです。

20世紀に激動したドイツとロシアの関係

ドイツにとってロシアはこれまで、軋轢と歩み寄りを繰り返してきた、信用はできないが手も切れない相手でした。そして今でもドイツ国民は、ロシアが中国の属国化してしまうよりは、悪友のままでもヨーロッパの一員に戻れる道を残したいと望んでいます。その点で、仮想敵国ロシアの徹底的な弱体化を図ることを公言しているアメリカとは、まったく事情が異なります。

第二次大戦中、ナチス・ドイツはソビエト連邦(現ロシア)との不可侵条約を一方的に破棄して同国に侵攻、一時はウクライナを含む地域を占領しました。しかし最終的に戦勝国となったのはソ連で、ドイツは分割され、東ドイツはソ連の強い影響下に置かれます。1990年、東西ドイツはようやく合併を実現、ほぼ時を同じくしてソ連が崩壊し、ロシア、ウクライナはそれぞれ独立国となりました。

以来、ドイツの対ロ外交の基本姿勢は、経済的な協力関係を深めることで政治的な対立や紛争を抑止できると考えるリベラリズムでした。そのなかでドイツは天然ガスの多くをロシアに依存。天然ガスの輸入に使われた海底パイプライン「ノルドストリーム」は、政情不安のウクライナを陸上の輸送ルートから排除するため、メルケル前首相らが建設に力を注いだものでした。一方でメルケル前首相は、ウクライナの西欧化を支援し、クリミア併合の収拾にも積極的に介入。ロシアを刺激し過ぎずに人道的要請にも応えることに苦心していました。

平和構築に不可欠な相互理解において地域研究が果たす役割

こうして何とか築いてきたはずのプーチン大統領との信頼関係は、ウクライナ侵攻によって崩壊、ショルツ首相は経済的利益の確保を求める自国民と、人道重視の協調を求める国際社会の板挟み状態になりました。歴史的背景を含めたこの状況が、冒頭の「なぜ?」への答えです。

その後、プーチン大統領が、制裁への事実上の報復として天然ガスの供給を停止、経済界もロシアを見限り始めたため、ショルツ首相はどんどんアメリカに歩み寄らざるをえなくなっています。プーチン政権に対するドイツ国民の見方もさすがに批判的になっていますが、それでも今なおドイツ国内の世論は二分しており、ショルツ政権はバランスの取り方を模索していると言えます。

このように、国と国との関係性は一朝一夕で変化するものではなく、各国の長い歴史、文化、経済、そして国民性と深く連動しています。平和構築には互いの経験に学び合い、知恵を出し合って相互理解を深めることが不可欠です。だからこそ、地域研究が果たすべき役割も大きいと信じています。

この一冊

『現代国家と集団の理論』
(中野 実/著 早稲田大学出版部)

アメリカ政治学で長く中心的なテーマだった集団論を多角的に論じた政治理論の本で、大学院生時代の勉強会でよく話題になりました。最初は何を言っているのか分からない難解な本ですが、理解できるようになると感動します。皆さんもそういう本に出会ってください。

河﨑 健

  • 外国語学部ドイツ語学科
    教授

上智大学外国語学部ドイツ語学科卒、早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。博士(政治学)。1996年より上智大学に勤務、2012年より現職。

ドイツ語学科

※この記事の内容は、2023年1月時点のものです

上智大学 Sophia University