安楽死や自殺ほう助、終末期医療など命に関するさまざまなテーマが対象

生命倫理を研究している外国語学部の浅見昇吾教授。研究のメインとなっている「安楽死と自殺ほう助」、今後の研究対象である「ポストヒューマン」「トランスヒューマン」の生命倫理などについて語っています。

私の専門である生命倫理は、分かりやすく言うと、「命を大切にするというのは具体的にどのようなことか」を考える学問です。学問誕生の背景には、第二次世界大戦中のナチス・ドイツが残虐な人体実験を行ったこと、戦後患者の権利意識が高まったことなどがあります。また、医療技術の進歩により、救える命が増えて人間の寿命が伸びていく中、「からだが自由に動かないなら、長生きはしたくない」「死ぬ権利を認めてほしい」などの声も挙がり、命の質についての検討が必要とされてきたことにも関わっています。

生命倫理は幅広い学問ですが、私が今、最も関心があるテーマは、「安楽死と自殺ほう助」です。病人を苦痛から解放させるための安楽死も、自ら命を絶つ手助けをする自殺ほう助も、日本では基本的に禁じられていますが、欧米を中心に許容する国は増えています。ただし、国ごとに認める条件などは違います。そこには歴史的な背景や哲学、宗教なども影響しています。

自己決定権を重要視するドイツの命に対する考え方

例えば私が専門としているドイツでは1871年に統一国家が成立して以来、自殺ほう助が認められていると考えられます。2015年には自殺ほう助団体による宣伝活動や度重なるほう助を防ぐ法律が制定されましたが、2020年に連邦憲法裁判所がその制限を違憲とする判決を下しました。憲法上の「人格権」が生きることと同様に自らの命を絶つことも権利として保障しているというのです。また、ドイツの憲法は自分の責任で自由に判断する人間を想定しているといいます。ここには自己決定権を尊重する姿勢がはっきりとあらわれていると解釈できるでしょう。

研究の具体的な手法ですが、先のドイツの件では政府や裁判所が発表した資料を中心に調べていきました。ほかにも、専門書や論文を読み込むほか、友人を通じて現地でしか手に入らない資料を入手してもらうこともあります。

日本の終末期医療の研究もしています。調査では全国のホスピスを訪問し、患者さんや医師、医療関係者や宗教的ケアを行うチャプレンの方などに話を聞いてきました。逆にホスピス病棟など医療機関から講演の依頼をいただくこともあります。

世代の違う10代、20代の考えを知る機会が得られるという点で、若い人との議論も大事にしています。この世代は生きることに苦痛を感じている人も多く、「自殺は悪、絶対に生き抜けなどと言われると、抵抗を覚える」という声も聞きます。学部の授業では難病の患者さんをお呼びして、命についての考えを講演してもらい、学生と議論してもらうこともあります。

AIの発達やサイボーグの誕生で、人間とは何かが問われる

今後の研究テーマですが、「ポストヒューマン(Posthuman)」や「トランスヒューマン(Transhuman)」と言われるものの倫理に興味があります。AI(人工知能)やロボット技術などの発達で、人間のあり方が根本的に変わってくると考えられます。半永久的に機能する人工臓器、脳機能の強化、細胞に入り込んで病気や老化を防ぐ微生物サイズのナノボット技術など、さまざまな医療テクノロジーの進歩によって、人間のあり方が変わり、寿命の大幅な延長も可能になるでしょう。その一方で、人工臓器やナノロボットがモニタリングした体のさまざまな情報は誰が所有し管理するのか? その場合のプライバシーはどうなるのか? など、さまざまな問題が浮上してきます。

最終的には、「人間とは何か?」「個人とは何か?」という議論になるでしょう。この際には生命倫理の考え方が欠かせないものになると確信しています。

この一冊

『「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義』
(シェリー・ケーガン/著 柴田裕之/訳 文響社)

道徳哲学・規範倫理学の専門家である著者の人気講義をまとめたもの。感情的に捉えると堂々巡りになりがちな死の問題を、「死は悪いものなのか」「不死は望ましいものなのか」などを切り口に、徹底して理論的に解説しています。生命倫理に興味がある人におすすめの本です。

浅見 昇吾

  • 外国語学部ドイツ語学科
    教授

慶應義塾大学文学部哲学科卒、慶應義塾大学文学研究科哲学専攻後期博士課程単位取得退学。2004年、上智大学外国語学部ドイツ語学科に赴任。2011年より現職。2016年より上智大学実践宗教学研究科死生学専攻教授を兼務。

ドイツ語学科

※この記事の内容は、2022年6月時点のものです

上智大学 Sophia University