“集合的忘却”の歴史を掘り起こし、歪められた歴史認識に公正さを取り戻す

歴史学を専門とし、パブリック・ヒストリーを研究する文学部の北條勝貴教授。フィールドワークを活用し、社会で共有されている「歴史」の在り方を、より公正で公共的な方向へ変えていきたいと考えています。

僕は、東部ユーラシアという大きな枠の中で、自然環境と人間との関係を研究しています。最初は古い時代の文献を中心に扱っていましたが、時間を追うごとにフィールドワークにも挑戦するようになりました。

最近は歴史を専門家の独占から解放し、一般の人々との共同研究を通じて公正なあり方へ近づける、パブリック・ヒストリーに取り組んでいます。社会で共有されている歴史を、マイノリティの欠落に注意しつつ、より公共性の高い状態へ変えていきたいと考えているのです。

今、最も力を入れているのが、日本の近代化に貢献した毛皮獣養殖の掘り起こしです。17〜18世紀、北方地域の毛皮交易において、黒テンや銀黒狐、ビーバーなどが捕り尽くされ、20世紀初め、狩猟に代わるキツネの養殖が始まります。銀黒狐などの毛皮は大変高価で、外貨獲得に貢献するからです。

キツネは神経質で、本来は養殖に適さないのですが、カナダやアラスカで養殖技術が確立され、日本にもたらされます。気温が高いと寄生虫や病原菌が繁殖するので、寒冷で乾燥している樺太や北海道、軽井沢、長野などで盛んになりました。その後は、北地に拡大した軍備の必要から、タヌキやイタチも対象になり、一般家庭や学校では、ウサギの養殖が奨励されます。ウサギは繁殖力が強くて育てやすく、食用にもなるからです。これは国のために尽くすことを尊重した、当時の教育の一環だったのです。現在でも、学校でウサギを飼育しているところは多いですが、そのきっかけは忘れ去られていますね。

養殖従事者の子ども世代から聞き取りを行う

しかし、戦争がひどくなり毛皮が輸出できなくなると、毛皮獣の養殖は全国的に衰退へ向かい、戦後にはほぼ姿を消してしまいます。どういうわけか研究の蓄積もなく、自治体史などにも記述がありません。資料探しから始めて試行錯誤していたとき、岩手県の滝沢で、ある出会いがありました。

この地には、1937(昭和12)年、旧農林省直轄の毛皮獣養殖所が設けられ、軍需と東北振興のため、質の良いタヌキやイタチを生産していました。いわば最先端の機関だったわけですが、その具体像がまったく分からない。しかし、当時同施設で働いていた方々のお子さんの世代が、いくらかの記憶をお持ちで、またご両親から話を聞いていてご存知だったのです。この方々からお話を伺うことで、総力戦体制に動物資源を供給していた、施設の実態も見えてきました。

選択肢を増やし、公正な歴史を実現する

今日では、国際的に動物福祉の意識が高まり、リアル・ファーの使用が批判されています。日本でも同様に、主な生産地であるロシアや中国を非難する声が聞かれますが、近代にはこの国でも毛皮獣養殖が活況を呈していたわけです。この状態では公正さに欠けるので、是正して、同じ立場で問題を考えていく努力が必要です。

私たちの生活するこの社会では、時折、かつて常識であった事柄が多くの人々の間で忘れ去られてしまう、“集合的忘却”と呼ばれる現象が生じます。メディアや行政の歴史観も歪められ、それが広がってしまうことも少なくありません。今求められるのは、忘れ去られている過去を掘り起こし、一般社会において、議論に必要な選択肢を増やしていくことです。毛皮獣養殖のような動物の歴史のほか、女性や性的マイノリティの歴史、アイヌや沖縄などの歴史もそうでしょう。公正な歴史を実現するには、それがスタートラインだと考えています。

この一冊

『神なるオオカミ』
(姜戎/著 講談社)

中国で行われた文化大革命のとき、モンゴルに下放された著者の体験小説です。モンゴル人と暮らす中、「今まで教育されてきた漢民族中心の歴史や文化は間違っていた」と、自分の力で新しい歴史の見方、世界の捉え方を発見していく物語です。

北條 勝貴

  • 文学部史学科
    教授

上智大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程、単位取得満期退学。史学修士。日本女子大学、埼玉学園大学、早稲田大学等の非常勤講師を経て、2006年に本学へ、2019年より現職。2020年度よりソフィア・アーカイブズ館長。

史学科

※この記事の内容は、2022年6月時点のものです

上智大学 Sophia University