脳のネットワークを形成する神経細胞がどのようにできるのかを探る

脳の神経細胞が伸ばす突起うち、アンテナの役割をしている樹状突起が成長する仕組みを研究している理工学部の林謙介教授。樹状突起の骨組みとなる微小管の発生について分かってきたこと、研究が病気の治療や健康に役立つ可能性などについて語っています。

感覚や記憶、思考や運動など動物のあらゆる活動は脳に支配されています。こうした働きは脳に約1,000億個もあると言われる神経細胞が互いに情報を受け取ったり、伝達したりすることによって行われています。私の研究は、この神経細胞の発生の仕組みを解明すること。現在は情報を受け取るアンテナの役割をしている樹状突起をメインに、樹状突起の骨組みの部分となる微小管を調べています。

樹状突起は周囲にある複数の神経細胞との接点を作るために、木の枝のように突起を伸ばしていきます。神経細胞同士の接点のことをシナプスと言います。樹状突起の表面には数千~数万ものシナプスが形成され、神経細胞同士の情報伝達をしているのです。つまり、樹状突起の表面積がシナプスの数に影響し、脳の働きに影響します。脳の健康のためには、いかに樹状突起がしっかり伸び、脳内にはりめぐらされるかがポイントだということになります。

しかし、年を取るにつれて脳の樹状突起は退縮し、シナプスも減っていきます。これが脳の老化の一因なのです。さまざまは病気によっても樹状突起は退縮します。脳の発達過程で樹状突起が大きく成長し、また、その形態がいつまでも維持されるためには、樹状突起の内側を支えている骨組みである微小管と呼ばれる繊維がたくさん作られ、そしていつまでも作り続けられる必要があります。微小管が作られる仕組みを解明することで、脳の老化予防や病気の治療につなげることができるのではないかと考えています。

神経細胞のアンテナ、樹状突起には特別な仕組みがある

樹状突起の成長を調べる実験には、マウスの胎児を使用します。胎児の脳から採取した神経細胞を培養し、微小管の成長を促したり、抑制したりする遺伝子を入れて、レーザー顕微鏡で樹状突起の微小管を観察しています。

最近の研究成果としては、微小管を作る仕組みが神経細胞と他の臓器の細胞とでは違うことが分かりました。他の臓器の細胞では、微小管は細胞の中心から放射状に伸びていきます。ところが神経細胞では細胞内のあらゆる場所で作られ、その向きもバラバラ。これは微小管が樹状突起を成長させる際、その枝を自在に伸ばすための、神経細胞独自の仕組みだと考えられます。

顕微鏡を覗くと、細胞を通して祖先と対話している気持ちになる

神経細胞の魅力は、その形や動きが顕微鏡を通して、自分の目で観察できること。生き物の起源は約38億年前に誕生した単細胞生物ですが、その時始まった生命現象が今見ている細胞の中で延々と続いているわけです。顕微鏡を覗いていると、目の前の細胞が自分の祖先であるように感じられ、祖先と対話をしているような気持ちになります。一方、細胞をよく観察していると予測外の分子が見えたり、分布が異なっていたりということに気が付きます。そうして次々と新しい謎が現れ、新しい研究のアイデアが湧き出てくるのです。

今後の研究としては、神経細胞独自の微小管発生の仕組みがどのように調節されるのかを探りたいと考えています。調節機構が分かれば、樹状突起の退縮を防ぐ薬の開発などに応用できる。自分の研究が人間の健康や幸福に役立てられたら、うれしいですね。

この一冊

『裸のサル―動物学的人間像』
(日高敏隆/訳 デズモンド・モリス/著 河出書房新社)

動物行動学者である著者が「人は裸のサル」であるという観点から、人間の行動を観察、分析した本です。大学時代にこの本に出会い、人間の脳が作り出す知性や意識とは何なのかといったことに興味を持つようになりました。

林 謙介

  • 理工学部物質生命理工学科
    教授

東京大学理学部卒、同大学院博士課程修了(理学博士)、国立精神神経センター、群馬大学医学部、群馬大学生体調節研究所などを経て、2004年より現職。

物質生命理工学科

※この記事の内容は、2022年6月時点のものです

上智大学 Sophia University