宗教学を通してアルコール依存症の回復に必要な「弱さとの向き合い方」を探る

実践宗教学研究科死生学専攻
教授
葛西 賢太

宗教が歴史のなかで人とどう関わってきたのかを研究している大学院実践宗教学研究科死生学専攻の葛西賢太教授。長く取り組んでいるアルコール依存症自助グループと宗教の関係性の研究、大学院などでの傾聴者の養成について語ります。

宗教学は宗教団体に入会している人が学ぶものと誤解されることがあります。実は、生物学が生物を観察し、人間とどう関わるのかを考える学問であるように、宗教学では宗教を観察し、人と宗教の関わりを調べ、考える研究分野です。宗教の研究者には信仰を持たない人も多いのです。

私は30年余の研究生活で、宗教とは人がものを考える枠組みのひとつだと考えるようになりました。宗教が人の弱さをどう見つめてきたか、そして私たちはどう宗教とつきあっていけるかを研究してきたのです。とくに力を入れているテーマは、「依存症回復と宗教」です。

依存症の体験を聞き、強く心を揺さぶられて研究の道へ

きっかけは研究者として最初に赴任した大学での、アルコール依存症の自助グループによる映画上映会でした。自助グループとは、何らかの障害や悩みを抱えた人どうしで互いに支え合い、困難を乗り越えることを目的とした集まりです。私は映画を見たあと、自助グループメンバーの人たちの回復体験を詳しく聞き、強く心を揺さぶられ、さらに話を聴くおつきあいから研究へと展開していきました。

多くの自助グループは1935年にアメリカで誕生した「アルコホーリクス・アノニマス(AA)」が原型になっています。罪の意識や苦しみを聖職者に告白する懺悔や告解の儀式を持つキリスト教の活動、弱さと向き合っての回復のプロセスが、AAのような自助グループのプログラムの原型になっています。

歴史を調べると、19~20世紀のアメリカではアルコール依存症のさまざまな治療法が、出ては消えることを繰り返していました。それらとは異なり、現代の精神医学の教科書にも標準的な治療法として載っているのがAAです。でも、AAのような自助グループにも失敗や成功を繰り返してきた歴史があります。そこから学べるようにしたいという思いから、AAの研究書を翻訳したところ、依存症に関わる医療関係者からも「患者教育に役立つ」などの感想をいただき、うれしく思っています。

悩める人たちが相談できる「傾聴者養成」の取り組み

研究ではアルコール依存症から回復した人たちのインタビューも行ってきました。何らかの理由で自分を責めたり、他者から責められたりすることが再飲酒につながっています。一方、回復者は、自身の弱さとの向き合い方を見つけている。こうした回復者の声が、依存症だけでなく失敗をして落ち込んでいる人に、「人生はやり直すことができる」というメッセージとしても伝わればと思っています。

研究と並行して、大学院や上智大学グリーフケア研究所で、傾聴者の養成にも取り組んでいます。傾聴とは相手の話を敬意や関心をもって共感しながら聴くこと。傾聴の技術には多様な価値観を受け入れてきた宗教由来の考え方が、実は多く取り入れられています。

大学院やグリーフケア研究所で学ぶ人たちは、医療者や、身近なご家族を亡くした経験を持つ社会人が中心です。傾聴者は医療の現場だけでなく、地域にも必要ですから、この方たちには大いに期待しています。身近に傾聴者がいて、悩める人たちが気軽に相談できるようになれば、今よりもあたたかく寛容な社会ができるのではないでしょうか。そうした社会の実現を目指して、研究に取り組んで行きたいと思います。

この一冊

『アルコホーリクス・アノニマス』
(Alcoholics Anonymous World Services Inc/著 NPO法人 AA日本ゼネラルサービス 訳・出版)

人間の弱さや、なかったことにしたい失敗とどう付き合っていくか、AAメンバーの真実の体験がこの本では語られています。弱さを受けとめ、新しい自分として生きていく回復者に、私も自分を重ね合わせ、励まされました。日本のAAの活動を統括するAA日本ゼネラルサービス(https://aajapan.org/)などで入手できます。

葛西 賢太

  • 実践宗教学研究科死生学専攻
    教授

東京大学文学部卒、同大学院人文社会系研究科博士課程(基礎文化専攻)修了、博士(文学)。日本学術振興会特別研究員、上越教育大学助手、宗教情報センター研究員、上智大学グリーフケア研究所特任准教授などを経て、2022年より現職。

死生学専攻

※この記事の内容は、2022年9月時点のものです

上智大学 Sophia University