インターネットや仮想空間で、日本の知的財産権はどこまで行使できるのか

法学部国際関係法学科
教授 
駒田 泰土

人間が生み出した知的創造物や商標などを「知的財産」と呼びます。グローバル化、デジタル化によって急激に変容する社会の中で、知的財産をどのように守っていくのか。法学部の駒田泰土教授が解説します。

私が専門とするのは知的財産法です。といっても、知的財産法という名前の法律があるわけではなく、特許法や著作権法、商標法といった知的財産を保護するための法律全般を指します。憲法や民法などに比べると、知的財産法は変化の激しい分野といえるでしょう。技術革新や新しい文化現象が起こるたびに、法律やその解釈のアップデートが迫られるからです。

特許権の属地主義は、現代的な問題に対応できるのか

たとえば最近の研究では、インターネットを使った発明に関する特許権侵害の問題を扱いました。特許権とは、発明を保護するための権利で、国ごとに取得しなければなりません。そして、それを行使できるのは特許を取得した国のなかだけです。もしA社が日本の特許に係る製品を、B社が国内で勝手に製造販売すれば侵害になりますが、B社が海外で製造販売すれば侵害にはなりません。これを「属地主義の原則」と言います。

ところが近年では、A社が日本で取得した特許に係るネットサービスにそっくりなものを、B社が日本のユーザー相手に提供する、という事例がしばしばみられるようになりました。常識的に考えれば、侵害といいたいところですが、B社が「そのシステムに必要なサーバーはアメリカのものを使用している。だから日本の特許権の侵害にはならない」と主張した場合はどうでしょうか。属地主義がそのまま適用されると、「B社はおとがめなし」という結論が導かれてしまいます。

有名なものは、ニコニコ動画(ニコ動)の特許裁判です。画面上をコメントが流れる機能はニコ動を運営する企業の特許なのですが、それを模倣した企業のサーバーがアメリカにあったため、東京地方裁判所では侵害とは認められませんでした。しかしながら、2023年の知的財産高等裁判所の大合議において、属地主義を緩和する解釈が示され、ニコ動は逆転勝訴しています。

時代の変化に即した知的財産法の解釈を求めて

インターネット関連の発明において、属地主義にこだわるのは無意味だと私は考えています。サーバーはどこの国にでも置けます。属地主義からは卒業して、ユーザーがもっとも多い場所の知的財産法に従うよう変わっていくべき時期でしょう。

ほかにも最近では、こんな問題がありました。インターネット上の仮想空間(メタバース)において、有名ブランドそっくりのバッグが販売された場合、リアルな社会での商標権を行使できるのか。ある歌手の声によく似た声をAI(人工知能)に合成させて、メタバース内でアバターに歌わせた場合、その歌手の権利は侵害されたと言えるのか。多くの国の知的財産法は現実空間における知的財産だけをイメージして作られており、このような新しい問題に直接対応する仕組みがありません。

知的財産法は今、従来の概念から新しい概念に移行すべき時期になっています。しかしそれは簡単なことではありません。数学と違い、法律に絶対的な正解は存在しないからです。多くの人が正しいと信じたとき、それは正しい法律になります。法学が「説得の学問」と言われるゆえんでしょう。時代に即し、多くの人を説得できる解釈を導き出すことが知的財産法の研究者には求められているのです。

この一冊

『国際工業所有権法の研究』
(木棚照一/著 日本評論社)

大学院生のころ、国際私法の研究をしつつ知的財産権を専門にしようと決意しました。しかし属地主義という概念の平板さに息が詰まりかけ、頓挫しそうになったときに出会ったのがこの本です。私の考え方の土台となり、道を開いてくれた一冊です。

駒田 泰土

  • 法学部国際関係法学科
    教授

早稲田大学社会科学部卒業後、筑波大学大学院社会科学研究科法学専攻課程修了。博士(法学)。東京大学社会情報研究所助手、群馬大学社会情報学部講師、上智大学法学部准教授を経て、2013年より現職。

国際関係法学科

※この記事の内容は、2023年8月時点のものです

上智大学 Sophia University