世界大戦や冷戦が終わっても、世界各地で戦争が消える気配はありません。どうすれば平和な世界になるのでしょう。民族紛争が終わったあとの政治制度の立て直しについて研究する総合グローバル学部の中内政貴教授が、平和構築への思いを語ります。
「戦争が終結すれば、平和になる」と思う人も多いでしょう。しかし実際には、戦争という暴力行為が人々に与える身体的・精神的な傷は大きく、それが火種となって再び紛争状態に戻ることが少なくありません。
一度は戦火を交えた民族が平和裏に暮らしていくためにはどのような政治制度を作ったらいいのか。それを1990年代に民族紛争が続いた旧ユーゴスラビア地域を中心に、現地調査を行いつつ研究しています。
民族紛争が起きた国に、民主主義政府を立ち上げる難しさ
戦争が終わると、国際社会はその国に人や資金を投入して国家の立て直しに協力します。この活動を「平和構築」と言いますが、決して簡単なことではありません。
多民族国家の場合、民主主義の国を作ることに異論はなくても、選挙による多数決で政権が決まると少数派の民族は不満を抱えることもあります。それが次の武力闘争の要因になる可能性もあるので、政府がある程度の権威を持ち、また機能する警察や軍隊を備える必要もでてきます。
そのため、最近では大きな中央政府を作るよりも、地方に権限や権力を分けて地方分権を進め、少数派の人たち自身が権限を持ったほうが安心して暮らせるのではないかという考え方が主流です。旧ユーゴのボスニア・ヘルツェゴビナもそうです。
この国では三つの主要民族による武力紛争が起こり、戦後に新しい国の形を作るに当たって、国土も国家構成単位も二つに分けました。一つはセルビア人の、もう一つはボスニア人(ムスリム)とクロアチア人の国家構成単位です。一度はそれで落ち着いたものの、戦後30年近くたった今も民族間の融合は進まず、中央政府は機能不全に陥りました。そのため20年ほど前から少しずつ中央政府に権限を集め、国家としての体制を立て直す動きが進んでいます。
私自身も、中央と地方、二つの権限のバランスをどうとるのかに関心があります。教育や言語に関する省庁は地方にあるほうが望ましいことには概ね合意がありますが、警察は中央政府がある程度の権限を持つ必要があるなど、事例をもとに研究しています。この研究は旧ユーゴに限らず、他の地域の平和構築にも役立つはずです。
紛争の火種は、他者のアイデンティティを認めない心にある
日本は単一民族だから民族紛争とは無関係という意見を耳にすることもありますが、厳密に言えば、単一民族の国など存在しません。日本にも様々なアイデンティティのグループがありますし、外国にルーツを持つ人もたくさんいます。性的マイノリティや障害を持つ人など、多くの背景を持つ人が混じり合う国です。それでも多数派の側が、「あの人たちは私たちとは違う」と誰かを区別したり、無自覚に多数派の意見を押し通したりすることもあるのではないでしょうか。
誰もが自分の中に「核」となる信念、つまりアイデンティティを持っています。それを一度疑ってみることも必要だと思います。なぜなら民族、国家、同一性など、個人が当たり前と感じているアイデンティティが政治に利用されたとき、戦争が起こるからです。それはほぼすべての紛争に共通しています。このような視座での研究を深めることで戦争に至る危険な兆候を見つけ出し、早期に警報を鳴らせるメカニズムを作りたい。これが私の最大の目標です。
この一冊
『増補 想像の共同体』
(ベネディクト・アンダーソン/著 白石さや・白石隆/訳 NTT出版)
人々を戦争に駆り立てる原動力の一つに、ナショナリズムや民族意識があります。しかし、国民や民族という共同体も、人間の想像によって作られたものです。絶対的な存在ではない、けれども、非常に大きな動員力を持っているということを、この本に教わりました。
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中内 政貴
- 総合グローバル学部総合グローバル学科
教授
- 総合グローバル学部総合グローバル学科
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大阪大学法学部法学科卒業、同大学大学院国際公共政策研究科、博士(国際公共政策)。外務省専門調査員、国際協力機構(JICA)長期専門家(援助調整)、平和・安全保障研究所研究員、大阪大学准教授を経て、2020年から上智大学総合グローバル学部准教授、2022年より現職。
- 総合グローバル学科
※この記事の内容は、2022年7月時点のものです