人々が詐欺や横領の加害者、被害者にならないための手助けをしたい

詐欺罪や横領罪の適用ないし、関係する法律の妥当性について研究をしている法学部の伊藤渉教授。詐欺罪の成立要件の比較や、SNSを使った特殊詐欺の問題まで、犯罪を取り巻く法律を研究する意義について語ります。

私の研究分野は刑法で、とくに財産犯罪に力を入れています。財産犯罪の代表である詐欺や横領はビジネスを装って相手をだまし、気づかれないうちに財産を奪う手口が特徴です。1980年代後半に発生した豊田商事事件は金地金(金塊)を用いた詐欺行為で、高齢者を中心に全国で数万人が計2000億円もの被害を受けました。詐欺や横領は誰もが被害者になり得る犯罪です。だからこそ、犯罪に巻き込まれる人が少しでも減るように手助けをしたい、そう思ったのが詐欺罪や横領罪の研究を始めたきっかけです。

法律の研究では、トラブルはよく聞くものの、まだ裁判になっていない出来事についてどのような法律でどう裁けるかを検討したり、すでに裁判になっている事柄について複数の判決を比較し、一貫性があるかどうかを調べたりします。

研究は多くの文献との格闘です。研究テーマに関する文献や判例を探すことからスタートし、入手した資料をひたすら読み込みます。その上で自分の考えをまとめ、論文にしていきます。研究テーマによっては新たな法律の提案をすることもあります。

騙されて取引に応じても、詐欺罪にならない場合がある

私の研究の一つに、詐欺罪の成立要件について比較した調査があります。詐欺とは法律上、人を欺く行為によって財産的処分、つまり金銭などを支払わせるものをいいます。しかし過去の判例を見ると、この要件に該当しているケースでも、詐欺罪が成立した判例と成立しなかった判例があります。例えば医師の資格を有しない人がさも資格があるかのように装って病院に勤務し、給与の支払いを受けた判例では詐欺罪が成立。一方、医師の資格を有しない人が医師であると称して患者を診察し、治療に適した薬を買わせたケースでは、相手方は財産上の損害を被っていないとして詐欺罪は成立しませんでした。これらを含む複数の判例から、私は詐欺罪の成立には単に金銭が支払われただけでなく、それを超えた実質的な被害が生じている必要があると考えています。

また、刑法全般の研究は犯罪被害の防止対策にも役立っています。例えば、銀行などの窓口では振り込みをする際、本人確認が厳格化されています。これは、特殊詐欺の場合、被害に遭った後に財産を回収することは難しいため、口座のお金をどう守るべきかを研究者たちが考え、提案したものです。刑法の研究は法律だけにとどまらず、さまざまな場面で社会に貢献しています。

犯罪の変化を注視し、世の中に役立つ法律を考える

研究の面白さは、犯罪という日常からかけ離れた世界に法律の分野から切り込んでいけるという点にあり、知的好奇心を刺激されます。現在、SNSなどを利用した特殊詐欺事件が増加していますが、今後はさらに人同士が対面する機会が減ることから、これまでにない犯罪の手口が登場すると予想しています。刑法の基本原則を意識しながらも、こうした社会や犯罪の変化を見つつ、世の中に役立つ法律のあり方を考えていきたいと思っています。犯罪の処罰は厳し過ぎても、甘すぎてもいけない。適度なバランスが必要です。私の研究がこうした法律のバランスを考える道標になればと考えています。

研究生活25年余となる中で、今後はこれまでの研究を振り返り、今の社会に照らし合わせたときに妥当かどうかを検討していきたいです。大学の授業では少々とっつきにくいけれど日常の役に立つ、そんな法律の魅力を伝えられたらと思います。

この一冊

『経済犯罪と民商事法の交錯Ⅱ』
(吉開多一/著 本江威憙/監修 民事法研究会)

経済犯罪について、民法、商法の視点を踏まえつつ学説、判例に基づいて論じられている本です。検察官をはじめとする捜査実務担当者や弁護士によって書かれている点も特徴的で、刑法一辺倒だった私にものの見方の多面性を教えてくれた、重要な一冊となりました。

伊藤 渉

  • 法学部法律学科
    教授

東京大学法学部卒、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(単位取得)。東洋大学法学部企業法学科准教授を経て、2012年より現職。

法律学科

※この記事の内容は、2023年9月時点のものです

上智大学 Sophia University