中国の前近現代史、特に環境史を研究している文学部の大川裕子准教授。史料を読み解きながらフィールドワークにも取り組み、人々が自然とどのように向き合って暮らしてきたのかについて研究しています。
もともとは2000年前の秦漢時代を研究していたのですが、司馬遷の『史記』を読んで秦に興味を惹かれました。秦は小さな国から始まり、初めて中国を統一した国です。統一できた理由について、『史記』には自然環境を活用することで国力が強くなったと記されています。
例えば、有名なものだと、現在は世界遺産になっている都江堰という、四川省にある治水・灌漑(かんがい)施設。これは、氾濫しやすかった岷江という川の流れを本流と支流に分けて水量を調整する堰で、支流を成都平原に流し込ませて、同地を一大穀倉地帯に変えたのです。
ちなみに、秦に滅ぼされた趙の卓氏は鉄の生産で巨額な富を蓄積した一族でしたが、秦の移住政策によって山を越えて、技術をたずさえて自然豊かな四川に移り住んだと『史記』に記されています。農業を安定させることで、秦は滅ぼした国の人々を移住させて国を大きくしていったのです。
史料を読みながら現地を訪れて自然環境を確認する
『史記』には、四川ではサトイモを食糧として重視していることも記されています。立派な灌漑施設をつくったことが強調されていますが、実はそれは歴史のなかのほんの一部。異なる環境のもとで営まれる人々の多様な暮らしや文化を記録している点はとてもユニークです。
コロナ禍以前の授業では、庶民の暮らしを研究するために、フィールドワークも取り入れていました。実際に現地に行って山や川を目の前にすると、史料に書かれている庶民の暮らしが立体的に見えてきます。もちろん現存する風景は違いますが、現地に行くと感じるものがあります。例えば、史料に風の記載がある場合、現地に立つと風が強いことを実感します。その土地の農業や暮らしは風の影響をかなり受けていたことが分かります。
このように、史料だけでは知り得ない、さまざまな発見があるのがフィールドワークの良い面でもあります。コロナ禍以前のようには自由に渡航できなくなっている今、フィールドワークをどうしていくべきか検討中ですが、できることならフィールドワークを再開し、現地の環境・文化・庶民の暮らしを、自分の目で見て感じて欲しいと思っています。
古人の価値観を知ることは現代人の生き方に役に立つ
歴史学はあくまでも史料に基づく研究が第一なので、現地に行くことがどうしても叶わなければ、史料をもとに研究を続けることはできます。史料の背景には自然や社会の変化があり、その変化が史料に反映されています。書かれている内容も大切ですが、それをどうして書いたのか、史料の背景にはどのようなことが起きていたのかを考えることも重要です。
よく歴史学は社会にどう役立つのかと聞かれます。歴史学はすぐ何かに役立つものをつくり出すわけではありませんが、例えば自然を細かく観察していた昔の農業技術の研究は、現代の農業施策に反映することができます。また、気候の変化や自然災害などに、当時の人々がどのような考え方や方法論で相対していたのかを再発見することは、現代人の生き方に役に立つと信じています。
この一冊
『司馬遷の旅 『史記』の古跡をたどる』
(藤田勝久/著 中央公論新社)
著者は中国の歴史書を丹念に読み現地調査をふまえて、『史記』が歴史書であることを明らかにし、見聞記という通説を覆しました。歴史の勉強は小説ではなく史料に基づいた歴史書で学ぶことが大切です。
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大川 裕子
- 文学部史学科
准教授
- 文学部史学科
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日本女子大学文学部史学科卒、同文学研究科史学専攻博士後期課程修了。博士(文学)。日本学術振興会特別研究員、日本女子大学学術研究員、上智大学非常勤講師などを経て、2020年より現職。
- 史学科
※この記事の内容は、2022年9月時点のものです