学習者のドイツ語における発音と聞き取りを上達させるポイントを探る

言語教育研究センター 
准教授 
正木 晶子

ドイツ語の音声学を専門とする言語教育研究センターの正木晶子准教授は、日本人のドイツ語学習者が発音しにくい音や聞き取りにくい音について研究しています。音の脱落や同化など、日本語とは異なる特徴が多いドイツ語とは?

私の専門は、ドイツ語の音声学です。音声学とは、人がどのように声を出し、それがどう伝わって知覚されているかを研究する言語学の一分野です。とくに、日本語を母語とするドイツ語学習者が発音しにくい音、聞き取りにくい単語や音、日本人ならではの発音の癖などについて研究を行っています。

ドイツ語の発音で最も難しいのは、のどひこを震わせるRの発音です。さらに、苦労する人がとても多いのが、円唇で発音するウムラウトの「ü」と「ö」の音。「ü」は「い」を唇を丸く突き出して出す音で、「ö」は「え」を唇を丸くすぼめて出す音です。日本語には唇を丸めて出す音はほとんどないので、意識的に練習をしないと発音できるようにはなりません。また会話でも、日本人は日本語を話すときの癖で、つい子音の後に母音を入れながら話してしまいますが、それではドイツ語らしく聞こえません。

音の脱落や同化など、日本人には難しいドイツ語の発音

また、ドイツ語は単語や文中でアクセントがない部分の音が脱落したり、前後の音の影響を受けて音が同化したりすることが多い言語です。文字では書くけれど、会話の中では発音しない音がありますし、Schwaと呼ばれるあいまい母音の[ə]などはかなりの頻度で省略されています。

日本語のモーラは母音のみ、もしくは子音と母音のペアで構成されており、音の脱落がほとんどありません。それゆえ、ドイツ語に習熟していない日本人がドイツ語を聞くと、語と語の切れ目がわかりにくく、何を言っているのか理解できないということが頻繁に起こるのです。こうした日本人がつまずきやすいポイントをわかりやすくルールとしてまとめることができたら、日本人がドイツ語を学ぶとき、役に立つのではないかと考えています。

数値やデータでわかるのが音声学研究のおもしろさ

研究は、実験を行いながら進めます。例えば、日本人学習者にネイティブスピーカーの音声を書き取ってもらい、どんな間違いをしたかを観察したり、ある教材を使用した前後で発音が上達したか否かをネイティブスピーカーに判定してもらって検証したり。Praat(プラート)という音響分析ソフトに音声を入力し、表示された波形やスペクトログラムで音の長さや周波数を測るなどの実験もするので、基礎的な物理学の知識も必要です。このように音声学の研究は、文学や他の言語学の分野とは異なり、新しい事実や結果が客観的な数値やデータで観察できるのがおもしろいところです。

ドイツ語は名詞に性や格があり、冠詞や動詞の変化などが複雑で文法が難しいと言われますが、構造がしっかりしている言語なので、基本的なルールさえ覚えれば理解しやすい言語だと思います。しかし、それだけではドイツ語習得には不十分。話す力、聞く力をつけないと、コミュニケーションは成立しないのです。

現地で日常的に使われている自然なドイツ語をきちんと聞き取れて、自分が話すドイツ語もしっかり理解してもらえるようになることはとても大切なことです。そのときに注意すべきポイントは何か。どこに注意して発音すればドイツ語らしくなるのか。どんな法則を知っていれば聞き取りやすくなるのか、キーポイントとなる部分を見つけたい。教材開発など、教育と組み合わせながら研究を進めていきたいと考えています。

この一冊

『音とことばのふしぎな世界—メイド声から英語の達人まで』
(川原繁人/著 岩波書店)

「あ」は「い」より大きい感じがする、「ゴジラ」と「コシラ」では濁点があるほうが強そうなど、人がどのように音をイメージしているかという話に始まり、音声学の諸分野をざっくばらんに解説した本です。肩肘を張らずに音声学に親しめる1冊です。

正木 晶子

  • 言語教育研究センター 
    准教授 

上智大学外国語学部ドイツ語学科卒、同外国語学研究科言語学専攻博士後期課程満期退学。ドイツミュンヘン大学留学。2015年より現職。

言語教育研究センター

※この記事の内容は、2022年9月時点のものです

上智大学 Sophia University