研究室の扉を開く
研究室の扉を開くと、そこには膨大なデータから未来を読み解き、人々の意思決定を支える研究が広がっていました。応用データサイエンス学位プログラムの深澤佑介准教授に、データサイエンスの可能性と社会課題への挑戦について伺いました。
「データサイエンス」はどんな学問か
そもそもデータサイエンスとは何かと疑問に思われる方も多いでしょう。上智大学の応用データサイエンス学位プログラムでは、データサイエンスを3つの領域に分けて捉えています。データ収集や処理技術を学ぶ「データエンジニアリング」、統計解析や機械学習等を用いて分析する「データアナリティクス」、そして、課題解決や意思決定のためにデータを活かす力を養う「ビジネスサイエンス・ビジネスマネジメント」です。私はこのうち、主にデータアナリティクスの領域を担当しており、データに基づく未来予測を通じて、様々な課題の解決に取り組んでいます。
私たちは日々、データを活用して未来を予測しながら生活しています。天気予報を見て傘を持って行くかを決めるのは、身近な例の一つです。産業分野ではさらに実践的で、農業では収穫時期や病害の発生予測、製造業では需要や設備故障の予測、医療では疾病リスク予測など、幅広く利用されています。これらに共通するのは、過去のデータから規則性を見つけ出し、未来を予測して、人や組織のより良い意思決定につなげている点です。
近年、インターネットやスマートフォンの普及とデジタル技術の進歩によって、従来とは比べものにならない大量のデータを得られるようになりました。今後はデータ量が増えると同時にAIの高度化も進むため、データサイエンスは社会を支える基盤としてますます重要になっていくでしょう。だからこそ、データから得られる予測を社会の意思決定にどう生かすかが、大きな課題になると考えています。
人とクマの遭遇による被害を防ぐために
代表的な研究事例である「クマ遭遇AI予測マップ」は、人とクマとの遭遇情報、人口分布、地形、土地の利用状況などのデータを組み合わせて、クマが出没しやすい場所を予測し、人身被害の防止につなげることを目的に開発したものです。研究成果を発表した際に、報道関係者の方々から「一般公開すれば社会の役に立つのではないか」とご意見をいただき、急遽予測マップを作成し、ウェブ上で公開して反響を呼びました。
研究を始めたきっかけは、2023年秋に全国でクマの出没が相次ぎ、それに伴う人身被害が大きな社会問題になったことでした。何が起こっているのかと関心を持ち、秋田県からクマの出没場所に関するデータをご提供いただき、地図上で出没状況を可視化したところ、同じ場所に複数回出ているだけではなく、出没エリアが広がっていることがわかりました。出没数が増え、出没エリアも広がっているとなると、遭遇が報告されていない場所だからといって安心できません。そこで、クマが出没しやすい場所を予測する研究に取り組み始めました。
人とクマとの遭遇は、両者の行動範囲が重なることで発生します。そこで、人とクマがそれぞれどこにいるのかを把握することから始めました。まず、人の居住地については国勢調査のデータを用いて分布をマッピングしました。一方、クマの生息場所を直接把握することは難しいため、生態的特徴や行動特性に関するデータをもとに、生息しやすいエリアを推定しました。
手がかりはいくつかありました。一つはエサの傾向、つまり食性です。クマの主要なエサ資源には、ブナの実やナラ類のどんぐりなどがあります。そのため、落葉樹の分布は、クマの生息しやすい環境を推定する手がかりの一つになります。次に、隠れ場所となる環境に注目します。AIによる分析では、高齢者人口が遭遇リスクの予測に関わる特徴の一つとして示されました。当初は不思議でしたが、クマの生態に詳しい専門家に聞くと、高齢者が多い地域では耕作放棄地が増えたり、収穫されない柿の木が残ったりする傾向があり、クマを引き寄せる要因になっている可能性があるようです。そして、最後は移動経路です。自治体の担当者によると、河川沿いはクマの移動経路となり、市街地への出没につながる可能性があるとされています。特に藪が生い茂る時期には、身を隠しながら移動しやすくなると考えられています。このように、現地訪問も行いながらクマとの遭遇の特徴を把握し、自治体の担当者や研究室の学生と連携して、「クマ遭遇AI予測マップ」の精度向上に取り組んでいます。
AIを社会で活用するには、高い予測精度はもちろん、予測理由の説明も不可欠だと考えています。「クマ遭遇AI予測マップ」がクマとの遭遇リスクが高いエリアを示したとしても、その判断理由が分からなければ利用者は結果を信頼しにくいでしょう。そのため、精度の向上を求めるだけでなく、なぜその予測になったのかを説明できるAIの研究にも力を入れています。
データサイエンスに基づく予測で意思決定を支援する
他にも様々なデータを活用した研究に取り組んでおり、その一つが登山遭難リスクの予測です。登山届に記載された登山先の山や同行者の人数、年齢などの情報に加え、登山日の天気予報をはじめとする各種データをもとに、道迷いや滑落などのリスクを予測し、計画の見直しに役立ててもらうことが狙いです。
さらには、スマートフォンの利用データからメンタルヘルスの状態を推定するなど、人間が生み出すデータから目に見えない変化や状態を読み解く研究も行っています。一見異なるテーマに見えますが、データから未来を予測し、人々の行動や意思決定を支援するという点で共通しています。
また、ワンキャンパスの特長を生かして、他学科の先生とも共同研究を進めています。看護学科の教員と行っているのが、歩数データから看護師のストレス度合いを予測する研究です。30名の看護師から歩数データとストレスに関する回答を収集し、機密性の高い医療データの活用にも適した、ローカル環境で動作する小規模言語モデル(SLM)を使って歩数データを文章として解釈したうえで、ストレスの状態を予測しました。その結果、歩数データをそのまま用いるよりも、こうした解釈を介することで予測精度が向上しました。メンタルヘルス不調の早期発見や、セルフケア支援への応用を見据えて、さらに予測の精度を高めているところです。
予測モデルを学ぶ学生たち
講義では、予測モデルや、判断や予測の根拠を説明できるAIについて学びながら、データ分析の経験を積んでもらいます。具体的には、自分で課題を見つけ、データを集め、仮説を立てて検証するプロセスを実践的に身につけていきます。テーマは防災やエンタメなど幅広く自由ですが、通底しているのは「データを使って、社会やビジネスの課題を解決する」という視点です。自分の仮説がデータによって裏付けられたときや、構築したモデルが課題解決につながる実感を得たとき、この研究の面白さに触れ、大きな達成感を味わえると思います。
私の研究では、AIやデータを活用して社会の課題を解決することを重視しています。そのため専門知識だけでなく、何を解決したいのかという問題意識を大切にしています。実際に、文系出身の学生や数学に苦手意識のある学生も研究に取り組んでいます。
修了後は、データサイエンティストやAIエンジニアなどの専門職はもちろん、コンサルティングや金融、医療、製造などの分野でデータ活用を推進する立場としても幅広く活躍できます。どんな分野に進んでも、データに基づいて考える力は大きな強みになるでしょう。
データサイエンスが描く未来
今後も、AIとデータを活用した社会課題の解決を研究の中心に据えていきます。特に人の健康や安全に関わる課題に取り組み、論文発表にとどまらず、役立つ知見を社会に還元していきたいです。
データサイエンスは、単なるプログラミングやAIの技術ではありません。社会で起きている現象を客観的に理解し、より良い未来を考えるための学問です。データを活用する力とともに大切なのは、社会課題を解決したいという情熱。関心が持てる課題を見つけられたら、データサイエンスは課題に挑戦するための強力な武器になってくれるはずです。
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深澤 佑介
- 応用データサイエンス学位プログラム
准教授
- 応用データサイエンス学位プログラム
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最先端のAI技術を理論的基盤として、様々な人間活動から生み出される実世界データを統合的に分析し、社会課題の解決や意思決定支援に役立てる研究を進めています。
掲載:Sophialogue Vol.1 2026 AUTUMN / WINTER(p.6–9)
※この記事の内容は、2026年11月時点のものです。