個人経営飲食店は地域の社会インフラの礎として機能する

東京都西荻窪エリアを対象とした調査で明らかに:世界の都市モデルになりうるエコシステム

本研究の要点

  • 東京の個人経営飲食店は、多様なコミュニティ活動を支えており、地域の社会インフラとして機能している。
  • 個人経営飲食店を核とした地域エコシステムを維持する東京は、世界中の都市のモデルになりうる。
  • 本研究は小規模ビジネスが成り立つヒューマンスケールの建築を維持する重要性を強く示唆しており、今後の都市開発に一石を投じる成果。

研究の概要

上智大学国際教養学部のJames Farrer教授は、東京都の西荻窪駅周辺の個人経営飲食店を対象としたフィールドワーク調査を行い、個人経営飲食店が①オーナー、従業員、顧客にとっての経済資源②社会的組織やネットワークづくりの資源③商店会などの公式の組織に加え、草の根的な社会運動における政治動員の基盤——として地域コミュニティの社会インフラとして機能していることを明らかにしました。

 少子高齢化や日本各地で進む大規模再開発などを背景に、持続可能な地域社会づくりに注目が集まっています。一般的に持続可能性は、政策的な視点からは、社会、環境、経済に区分されます。しかし、実際のコミュニティではこれら三つの要素が抽象化された概念として存在するのではなく、社会的、経済的、環境的な利害を異にする多様な個人が存在しています。そのため、小規模な社会ネットワークにおける対話と交渉のプロセスこそが、社会の持続可能性の実現を左右する鍵を握っています。そこで本研究では、東京都心近郊のJR西荻窪駅の飲食店に関わるさまざまなアクターを対象として調査を行いました。

 その結果、個人経営飲食店は単に食事をしたり、生計を立てたりする場所であるだけでなく、地域の社会的・文化的生活を下支えする重要な役割を果たしていることが示されました。一方で、食文化の持続可能性というコンテクストでは特定の食品や料理に焦点が当てられることが多いですが、本調査で対象とした個人経営飲食店の多くは、外国料理など、この地域で古くから消費されてこなかった新たな飲食物を提供していました。つまり、こうした飲食店は、特定の食品や料理を通じてではなく、コミュニティと密接に結びついた飲食や社交のスタイルを通じて、社会の持続可能性に寄与していると言えます。

本研究は、草の根的な都市開発の重要性について、エスノグラフィの手法で浮き彫りにしました。ヒューマンスケール(*1)の建築をベースに、小規模な飲食店が密集した多様なエコシステムを維持する東京のあり方は、世界中の都市のモデルになるポテンシャルを秘めています。一方で、東京は現在、大規模な再開発、少子高齢化、食品産業の寡占化といった脅威によって、このような社会インフラを失う危険にさらされています。持続可能な地域社会を作るためには、都市開発に関わる事業者や政策立案者だけでなく、市民グループも、近隣の飲食店が社会インフラとしてどのような役割を果たしているのかについて知る必要があり、本研究はその一助となる成果です。

研究の背景

都市に住む人々は古くから、自宅以外で食事をする場所を必要としてきました。そのため、レストランやパブなどの商業飲食店は、世界中の都市で古くから存在してきました。飲食店は食べ物や飲み物だけではなく、仕事を提供する場であり、人々の交流の場として、地域文化を育んできました。都市部では、住民が交流する空間として、多様なグループ間の社会的統合を促進する場としても機能し、移民や女性などの不利な立場にある住民たちに、草の根的な起業の機会も提供するという側面もあります。また、客にとって飲食店は、職場(もしくは学校)と自宅以外の第三の居場所「サードプレイス」として機能することから、地域振興などの観点から注目を集めています。一方で、チェーン店のカフェのように、社交性を伴わないコミュニティ感覚を醸成する空間もあります。そのため、飲食店が社交性やコミュニティを育むかどうか、またどのように育むかということは、地域の食や文化を考える上で重要な問題のひとつです。

 日本では富裕層から庶民まで、あらゆる階層の人たちが習慣的に自宅以外の場所で飲食をしてきた長い歴史を背景に、東京は現在、世界でも有数の飲食店密集都市となっています。東京の飲食店は、横丁や雑居ビルなどに多く、物理的規模が小さいことから、都市部での密度は非常に高くなっています。規模の小ささや近くに多くの飲食店が密集していることは、親密なコミュニケーションを育む要因の一つである可能性はありますが、それだけでは、飲食店が社会インフラとしてのどう機能しているかを説明することができません。

そこで本研究は、東京郊外のJR西荻窪駅周辺(以下、西荻)の飲食店を対象にフィールドワークを行いました。なお、飲食店密度が東京近郊部として平均的であることなどから、西荻は東京近郊の繁華街として代表的な都市だと考えられます。

研究結果の詳細

2015年から2023年にかけて、西荻において地域社会の70人以上のステークホルダーを対象にエスノグラフィック・データを収集し、飲食店が提供する社会インフラの経済的・社会的・政治的側面にそれぞれ焦点を当て、分析を行いました。

 まず、経済的な側面としては、経営者、従業員、関連業者にとって、飲食店は重要な役割を果たしていることが明らかになりました。リスクは決して低くないとはいえ、飲食店は比較的開業しやすい業種であると言えます。

 次に、業態(レストラン、バー、カフェなど)を問わず、人々の結びつきを強め、社会的ネットワークを築く場となっていることも示唆されました。たとえば、調査期間中に新型コロナウイルスのパンデミックが起こり、多くの飲食店が苦境に立たされましたが、このソーシャルキャピタル(*2)をベースにした支援なども確認されました。

 政治的側面としては、商店会といった正式な組織だけでなく、インフォーマルな社会活動においても、政治的動員の場となっていることが示唆されました。たとえば、あるカフェのオーナーは、新たな邸宅の建築で、地域で親しまれていたケユカの木を切り倒す計画が進んでいることを知り、顧客はこの木を救う運動を始めました。 この活動が実を結び、小さな都市公園が創設されたという事例がありました。

飲食店が持つこのような3つの主要な機能は一見当たり前のものに思えますが、東京は今、都市の再開発、人口の高齢化、大企業による食産業の寡占化といった脅威によって、この種の社会的インフラを失う危機にさらされています。都市の再開発によって、個人経営の小規模な飲食店が数多く存在する物理的・経済的基盤が破壊されれば、このような社会的インフラが劣化する可能性があります。また、このような社会インフラを維持していくためには、女性や移住者、経済的に余裕のない起業家など、多様なアクターが経営する小規模ビジネスの存在も重要となります。

西荻の飲食店は、特定の食品や料理を通じてではなく、コミュニティと密接に結びついた飲食や社交のスタイルを通じて、地域のアイデンティティを定義する側面を持っている点も、特筆に値します。人々が維持したいと願うのはあくまでコミュニティそのものであり、食品や飲食店はそのコミュニティの空間的背景を連想させるものとして重要視されているということが、今回の研究からわかりました。

個人経営飲食店の密集した多様なエコシステムを維持する東京の能力は、世界中の都市のモデルになりうるポテンシャルを秘めています。規模ビジネスが繁栄できるようなヒューマンスケールの建築を維持することが、今後の都市開発を考える上で重要な視点です。

本研究は、日本学術振興協会 科学研究費補助金(16K04099, 22K01909)の助成を受けて実施したものです。

用語

*1  ヒューマンスケール: 人間の感覚や動きにあった適切な規模。

*2  ソーシャルキャピタル: 社会や地域における人々の結びつき。

論文名および著者

本リリース内容に関するお問い合わせ先

上智大学 国際教養学部 国際教養学科
教授 James Farrer (E-mail:j-farrer@sophia.ac.jp)

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