データの秘密を守りながらデータ解析。セキュリティ技術に新たな光を

情報通信が専門の理工学部の澁谷智治教授は、暗号化技術について研究しています。取り組んでいるのは、データを暗号化した状態で計算できる秘匿計算という最先端技術。その高度な研究がいまの社会でどう役立つのかを語ります。

デジタル社会において、近年の情報通信技術の発展には目覚ましいものがあります。私はその情報通信を専門として、情報のセキュリティにかかわる暗号化技術などの研究をしています。

皆さんが普段使っているスマートフォンのなかでも、この暗号化技術は常に動いています。たとえば、ネットショッピングするためにブラウザをクリックした瞬間。その情報のやりとりは全て、データの内容を他人には分からなくするために暗号化されて行われています。一般の方が意識することはほとんどないですが、この技術のおかげで、いまの便利な暮らしが成り立っているといっても過言ではありません。

通信ネットワーク上で暗号化されたデータは、誰でも読める状態に戻さないと計算などはできません。でもそれでは、セキュリティ面でのリスクが出てきます。そこで、いま力を入れて取り組んでいるのが、データを暗号化したままの状態で計算できる技術、秘匿計算の研究です。

データを暗号化したままデータ解析できるか

たとえば、「良い薬を作りたい」「新しい治療法を考えたい」というとき。日本中の病院から患者さんのカルテのデータをできるだけ集め、膨大なデータに潜む何らかのパターンを機械学習によって見つけられれば、新薬の発見の糸口をつかめるかもしれません。とはいえ、カルテは個人情報の塊です。データをある1カ所に集めて機械学習アルゴリズムにより分析することは、プライバシー保護の観点からも不可能です。

では、どう解決するかというと、そのカルテにある患者さんの住所や家族歴、病歴などのデータを漏洩させないために、すべて暗号化します。そして、暗号化したままの状態で機械学習を行う。そんな夢のようなことを叶えるのが、秘匿計算の技術です。

この技術を活用すれば、個人情報や企業秘密にかかわるデータを守りながら、データ解析などの計算ができる。Googleをはじめ、世界中の多くの企業や研究機関が注目しており、実用化に向けた研究が進められています。データセキュリティの意識の高まりとともに、こうした暗号化技術は今後ますます重要な役割を担っていくでしょう。

高度な研究を伝えるアウトプット力も必要

セキュリティの分野で身近になっているものに、PCやスマートフォンなどのログインに使われている生体認証があります。指紋や顔などの情報を用いる生体認証は、その人に固有の情報を用いることから、安全性が高いように感じるかもしれませんが、暗証番号のようには変更できない弱点がある。つまり、もし生体認証に関する情報が一度流出したら、それに紐づけられたあらゆる情報の流出を止める術はなく、非常にリスクが高いのです。認証を行っているのが確かに本人であると信頼していいのか。改良の余地は大いにあります。

秘匿計算や生体認証などの暗号化技術を支えているのは数学理論です。素因数分解は深く関わっていますし、オイラーの定理などの有名な定理を利用することで、暗号化の仕組みは成立しています。今後の新たな技術も、既存の数学理論に違う角度から光を当てるような発想によって生み出されることでしょう。若い人たちの柔軟な思考に大いに期待しています。

また、この領域は専門性が高く、一般の人たちにはなかなかわかりにくい面があります。私たちの研究内容が社会とどうつながっているかをわかりやすく伝えるアウトプット力も、これからの研究者には必要だと思います。

この一冊

『中学生からの作文技術』
(本多勝一/著 朝日新聞出版)

私のゼミに入る学生の必読本です。文章の書き方のテクニカルな部分がきちんと理解できるようになります。論文の執筆でも就活の面談でも、相手にちゃんと響いて届くアウトプット力が重要。そこを高めてくれる一冊です。

澁谷 智治

  • 理工学部情報理工学科 
    教授 

東京工業大学工学部 電気・電子工学科卒、同大学院理工学研究科 電気・電子工学専攻 修士課程修了。博士(工学)。東京工業大学工学部 電気・電子工学科 助手、大学共同利用機関 メディア教育開発センター 研究開発部 助教授、上智大学理工学部情報理工学科 准教授をへて、2015年より現職。

情報理工学科

※この記事の内容は、2022年6月時点のものです

上智大学 Sophia University