海外直接投資が南アフリカ共和国自動車産業のサプライチェーンに及ぼす影響を解明

~地域の経済活性化や雇用機会創出に有用な知見~

本研究の要点

  • 南アフリカ共和国の自動車産業において、海外直接投資による恩恵が現地の下請け企業まで届かず、生産性が低下していることを解明。
  • アジア諸外国で見られる一次下請け、二次下請けなどのメーカーに多くの仕事・雇用を生み出すピラミッド型の自動車産業構造と異なり、一次下請けのみの生産性が増加するダイヤモンド型を形成していることを発見。
  • 発展途上国への開発援助や、地域の産業振興策を考える上で重要な視点を提供。

研究の概要

上智大学経済学部経済学科の樋口 裕城准教授、南アフリカ共和国Pretoria University, Gordon Institute of Business ScienceのJustin Barnes教授、University of Cape Town, School of EconomicsのAnthony Black教授、神戸大学 経済学部経済学科の大塚 啓二郎教授の研究グループは、南アフリカ共和国の自動車産業を対象としたデータ解析を行い、上位階層に位置する企業のみが海外直接投資(FDI)による恩恵を享受し、下位階層に位置する地元企業まではその恩恵がほとんど届いていないことを明らかにしました。

FDIとは、外国企業への技術提携や事業参加を目的とした対外投資のことです。発展途上国では、先進技術や経営手法の獲得、雇用の創出につながるため、FDIの積極的な受け入れが行われています。南アフリカでは、特に自動車産業が盛んで、FDIによる成長が期待されていました。しかし、南アフリカの企業は先進企業からの技術移転が不十分で生産性が低く、状況の改善にほとんど成功していませんでした。そこで、本研究グループは南アフリカの自動車産業を対象として独自に構築した企業データを用い、現地の部品会社の業績と南アフリカおよび国際的な自動車生産との関係について解析を行い、産業全体の実情を詳しく調査しました。

その結果、南アフリカでの自動車生産の拡大に伴って、一次下請けの部品会社では生産性が増加しているのに対し、二次・三次下請けの部品会社ではこのような増加が見られないことがわかりました。また、地元企業とは異なる多国籍企業のみが生産効率を向上させたことから、多国籍企業との生産ネットワークが技術移転において重要であることが判明しました。以上の結果は、アジア諸国とは異なり、南アフリカの自動車産業のサプライチェーンが一次下請け、二次下請けなどのメーカーに多くの仕事・雇用を生み出すピラミッド型ではなく、一時下請けが主に恩恵を享受するダイヤモンド型の構造をしており、FDIの恩恵が地元企業にまでほとんど届いていないことを示唆しています。本研究は、地域経済の活性化や雇用拡大だけでなく、開発援助やアフリカで操業するビジネスにとって有用な知見となります。

本研究成果は、2023年8月23日に国際学術誌「The World Economy」にオンライン掲載されました。

研究の背景

南アフリカ共和国はアフリカ最南端に位置する人口約6000万人の国で、2000年代には金や白金をはじめとする鉱物資源などの高騰を背景に急成長を遂げ、アフリカ経済を牽引する存在となりました。しかし2000年代後半以降、資源価格の下落とともに成長は鈍化しています。雇用環境も非常に悪く、失業率は全体で約30%、若者に限定すると約60%にも達し、アフリカ経済にとって深刻な問題となっています。この問題を解決し持続可能な成長を達成するためには、多くの雇用を生み出す労働集約型の製造業の活性化が不可欠です。そこで期待が寄せられているのが、自動車産業です。南アフリカの近年の自動車生産台数は約50~60万台/年、世界ランキングでは第21位に位置しています。特に、アフリカ全体での自動車生産の約54%を占めており、アフリカ地域では他を圧倒しています。

南アフリカにおける自動車産業の更なる振興のためには、南アフリカの地元企業が多国籍企業からのFDIを通じて、先端技術や経営ノウハウを学び、雇用拡大につなげることが重要視されています。自動車産業においては、上流から下流にかけて幅広いネットワークがあり、FDIを通じた技術伝達と雇用創出には大きな可能性を秘めています。しかしながら、南アフリカの地元企業は多国籍企業からの技術伝達が不十分で、生産性が低いという課題に直面しているのが現状です。

そこで本研究グループは南アフリカの自動車産業を事例として、FDIによる効果を明らかにすることを目的として各階層に属する企業の相関性を調査しました。

研究結果の詳細

本研究では、SAABC(South African Automotive Benchmarking Club)が収集した独自のデータを使用して解析を行いました。まず、自動車生産台数に対する各階層の部品会社の生産性について詳しく調べました。その結果、地域の自動車生産台数が増加すると、一次下請けの部品会社はその生産台数を大幅に増加させましたが、それよりも下流の部品会社ではそのような増加は見られませんでした。また、一次下請けの部品会社は部品や材料を輸入することで生産を拡大し、地元企業への依存度は低下していることが判明しました。これらの結果は、階層の上位に位置する企業は自動車の生産台数増加による恩恵を受けることができますが、下位企業はそのような恩恵を享受できていない可能性を示唆しています。

次に、このような生産連携が技術移転を達成し、経営改善が見られたか否かの検証を行いました。その結果、階層上位の多国籍企業のみが経営を改善し、階層下位の地元企業ではそのような改善が見られないことが判明しました。これらの結果は、FDIによる情報伝達が主に上位の多国籍企業のみに伝播し、下位企業、ひいては産業全体に浸透していないことを示唆しています。また、技術移転は主に上位の多国籍企業に影響を及ぼしましたが、第2層や第3層の企業にはほとんど影響を及ぼさないことを発見しました。これによりFDIの効果が、すべての企業に均等に及ぶ情報拡散ではなく、特定の企業のみに利益をもたらす限定的な情報伝達であることが判明しました。本研究では企業レベルの取引を直接観察することはできませんでしたが、サンプル内の全ての部品会社が同じ階層内の多国籍企業と直接的または間接的な関係性を構築しています。部品会社の階層によってFDIの影響が異なるということから、FDIの影響を分析する際には垂直的に構造化された生産ネットワークを考慮する必要があります。

本研究全体から、南アフリカの自動車の産業構造はダイヤモンド型をしており、下層に属する部品会社の層が薄いという特徴が浮かび上がりました。中間製品を組立メーカーに直接供給する一次下請けの部品会社は、外資系企業、合弁企業、現地企業で構成されています。対照的に、一次や二次下請けの部品会社に製品を供給する下層の企業は、ほとんどが地元企業です。この産業構造は、タイやインドなどのアジア諸国で発展しているピラミッド型の構造とは異なっています。アジア諸国では、主に外資系の組立業者がピラミッド階層の頂点に位置し、主に国内の一次下請けの部品会社から製品を調達しています。これらの一次下請けの部品会社はより多くの二次下請けの部品会社から、二次下請けの部品会社はさらに多くの三次下請けの部品会社から製品を調達しています。二次下請け以下の部品会社は、そのほとんどが地元企業であり、労働集約的な生産活動を行っているため、多くの雇用を生み出していると考えられます。一方、南アフリカでは、一次下請けの部品会社が主に輸入部品や輸入材料に依存しており、生産連関や技術伝達が地元の二次下請け以下の企業に届いていないため、これらの層が育っていないと結論付けました。

本研究の成果について、研究を主導した樋口准教授は「本研究から、海外直接投資による技術移転の恩恵が現地の二次、三次下請けの部品企業まで届かず、生産性が低迷していることが明らかとなりました。この問題を解決するために、現在JICAのプロジェクトとして、これらの企業に日本式のカイゼン(*1)の経営研修を提供しています。このプロジェクトにより、現地の部品企業の生産性が上がり、アフリカの産業発展に貢献することを期待しています」と、コメントしています。

※本研究は、日本学術振興会の科研費(18H00850, 21H00714)、村田学術振興財団による助成を受けて実施されたものです。また、国際協力機構(JICA)の「南アフリカ共和国の自動車産業におけるカイゼン・インパクト評価」と題するプロジェクトの一環として行われました。

用語

*1 カイゼン: 日本の製造業の生産現場で発達した品質・生産性向上のための手法。JICAはアフリカ27か国で、カイゼンの普及・展開に向けた技術協力を行っている。

論文名および著者

  • 媒体名:The World Economy
  • 論文名:FDI, production networks and firm behaviour: Evidence from the South African automotive industry
  • オンライン版URL:https://doi.org/10.1111/twec.13491
  • 著者(共著):Yuki Higuchi, Justin Barnes, Anthony Black, Keijiro Otsuka

本リリース内容に関するお問い合わせ先

上智大学 経済学部 経済学科
准教授 樋口 裕城 (E-mail: higuchi@sophia.ac.jp

報道関係のお問合せ

上智大学広報グループ
TEL:03-3238-3179 E-mail:sophiapr-co@sophia.ac.jp

上智大学 Sophia University