中東の女性は「かわいそうな人たち」か。多角的な視点でジェンダーを考える

サウジアラビアを中心にフィールドワークを重ねながら、中東の女性たちのジェンダー問題を研究する総合グローバル学部の辻上奈美江教授。西洋的な視点に偏りがちなジェンダー論に、独自の視点で切り込んでいく。

ジェンダーとは、生まれながらの性別ではなく、社会的・文化的に作られた性的役割のことです。私はサウジアラビアを中心に、さまざまな角度から男女間の権力関係について調査・研究を続けています。

サウジアラビアを、女性が虐げられている国と思っている人も多いでしょう。一夫多妻制が残り、家父長制的な要素も強い。数年前まで女性の自動車運転も認められていませんでした。世界経済フォーラムによる「グローバル・ジェンダー・ギャップ指数」は146カ国中127位(2022年)です。

そんなサウジアラビアにおいて、女性は抑圧された存在であり「かわいそうな人たち」なのでしょうか。

欧米的な差別の価値観をはずし、女性ネットワークから現実を見る

日本での中東のジェンダー研究は歴史が浅く、私が研究を始めた20年ほど前はアラブ地域のジェンダー研究者はごく少数でした。正しい情報が伝わらないと誤解が生まれがちです。私自身も、アラブの女性たちは自由を制限された気の毒な人たちだと思っていました。しかし、私が現地で出会った女性たちは、少しも「かわいそうな人たち」ではなかったのです。

まず驚いたのは、女性ネットワークの豊かさです。暑さを避けた夜9時ごろから女子会が始まります。実家や親戚、友人の家に集まって食事やおしゃべりを楽しみ、帰宅するのは日付をまたぐのも当たり前。未婚の女性には許されていませんが、既婚女性の自由さは日本人以上だと感じました。

外出時にはヴェールをかぶり、アバヤと呼ばれるロング丈の黒い上着を着るのですが、女子会ではその下のおしゃれを自由に楽しみます。欧米視点では抑圧の象徴とされるヴェールやアバヤも、現地の女性たちからは「アバヤがあるから信仰を守りながら外で仕事ができる」「アバヤが1枚あれば公式な場で通用するので便利」と好意的な声も聞きます。

近年は起業する女性が増え、そこには女性ネットワークの果たす役割も大きいようです。女性が収入を得て家庭の経済に貢献するようになると、男女の権力関係にも変化が生まれる可能性もあるでしょう。

異なる文化への無理解が、自分の中に存在することに気づいて

もちろん婚姻関係の問題など男女間の不平等があるのは確かです。だからといって西欧的ジェンダー論というレンズだけを通して、よい・悪いを決めていいのでしょうか。

私は可能な限り現地の人の声に耳を傾けることに重点を置いてきました。扱うトピックも宗教、労働、消費、運転、おしゃれなどさまざまで、成果は研究論文としてだけでなく、雑誌や一般書籍でも発表しています。それは中東のジェンダーに関する誤解に気づくことで、私たちの中に存在する権力性にも気づいてほしいからです。一方的に「かわいそうな人たち」と見ることも、差別的な行為の一つです。

日本も先進国でありながら、前述のランキングでは116位。政治・経済分野における男女格差は、日本においても解消すべき重要なテーマです。その改善方法は欧米的ジェンダー論にのみ求められるとは限りません。私の研究もその題材の一つになると考えています。

この一冊

『言葉と物 ―人文科学の考古学―』
(ミシェル・フーコー著 渡辺一民・佐々木明/訳 新潮社)

私たちの価値観の多くは西洋近代に生まれたもので、不変の真理ではないことをこの本が教えてくれました。男女の性的役割も同じです。「人間によってつくられたものは、その根底から疑ってみる」そんな習慣が身につきました。

辻上 奈美江

  • 総合グローバル学部総合グローバル学科
    教授

大阪外国語大学外国語学部卒業、英国エクセター大学アラブ・イスラーム研究科修士課程修了、神戸大学国際協力研究科博士後期課程修了、博士(学術)。高知県立大学文化学部専任講師、東京大学総合文化研究科特任准教授、上智大学総合グローバル学部准教授を経て現職。

総合グローバル学科

※この記事の内容は、2022年6月時点のものです

上智大学 Sophia University