第1回 「人間の安全保障と平和構築」 2021年4月27日 実施報告

2021年4月27日(火)午後7時05分から、上智大学グローバル教育センターが主催する連続セミナー「人間の安全保障と平和構築」の2021年度の第1回目が、オンラインにて開催されました。当日は、世界中から200人を超える方が参加されました。

この連続セミナーは、人間の安全保障と平和構築に関し、日本を代表する専門家や政策責任者を講師としてお迎えし、学生や市民、外交官やNGO職員、国連職員、政府職員、マスコミや企業など、多様な分野から集まった人たちが、共にグローバルな課題について議論を深め、解決策を探っていくことを目的にしています。2016年4月より実施しておりますが、昨年度は新型コロナウイルス感染症の影響で延期となりましたが、今年からオンラインで再開しました。

本年度第1回目のセミナーでは、外務省中東アフリカ局長の高橋克彦氏が「中東の平和構築と人間の安全保障」をテーマに講演しました。

高橋局長

会の冒頭、上智大学学務担当副学長の伊呂原隆教授と本学人間の安全保障研究所長の青木研教授が挨拶をしました。伊呂原教授は、2017年度の本連続セミナーが、学内で学生から最も高い評価を得た授業に送られるグッドプラクティス賞を受賞し、本学の学生からの満足度が非常に高い科目であることを述べました。また、このセミナーでは様々な国際機関の方、社会人の方、学生たちが一堂に会し、一国では解決できないグローバルな課題である人間の安全保障というトピックについて一緒に考え解決策を模索しているという点に触れ、「本学の教育精神として掲げている『他者のために他者とともに』と合った非常に需要な科目である」と強調しました。

伊呂原副学長

続いて青木教授は、2018年に設立され、「貧困」「環境」「保健医療」「移民難民」「平和構築」の5つのユニットから構成されている上智大学人間の安全保障研究所について紹介しました。そして、人間の安全保障という概念について、「今回のテーマである平和構築の根底にある紛争、また現在世界中で猛威を奮っている新型コロナウイルス感染症は、国家の枠を超えた人間の安全に対する明らかな脅威であり、その解決への取り組みを考えるときに人間の安全保障という概念は必須である」と説明しました。

青木教授

講演の冒頭、高橋氏は自身の中東との関わりは、外務省入省後、1988年にアラビア語の研修のためにカイロで生活した時から始まるが、当時は4度の中東戦争を経て中東和平問題が非常に大きな課題であったと述べました。その上で、中東における平和構築は基本的に国連主導で行われており、国家の一体性を維持することを前提としたプロセスであると触れました。そして、平和構築を語る上で重要な3つのポイントとして、「治安維持」「政治体制の確立」「復興開発」を挙げました。これらのプロセスは、「まず紛争当事者間の和平交渉が行われ、平行して停戦合意が議論される。その後、暫定政権が構築され選挙を経て正式な政権が発足する。これと並行して治安の向上、破壊されたインフラの復興開発などが行われることが多い」と説明しました。さらに、平和構築の重要な要素としてDDR(武装解除・動員解除・社会復帰)についても述べました。

高橋局長

平和構築における様々な教訓が得られた過去の出来事として、イラクとアフガニスタンの経験が挙げられました。高橋氏は、2001年9月11日の米同時多発テロの際、国連日本政府代表部に勤められており、当時のことを、「発生後すぐニューヨーク総領事館に応援出張に行き、規制線が解かれて崩壊したワールドトレードセンターのすぐ横まで行けるような状況になったときの、廃墟が発する熱と匂いを今でもとてもよく覚えている」と回想されました。その上で、「9.11によって生じた怒りがイラクとアフガニスタンに向けられた」と述べました。イラクに対する戦争は2003年3月に勃発し、2ヶ月後にサダムフセイン政権が崩壊することで終了しました。高橋氏は、イラクの統治体制が暫定的に連合国の配下に入り、その後復興のフェーズに突入したものの、臨戦態勢の影響で全土に武器が散らばり抵抗勢力も根強く残っていたことを説明しました。イラクでの平和構築の一連の政治的プロセスを担ったUNAMI(国連イラク支援ミッション)にも触れ、「UNAMIが安保理決議の指針のもとにイラク国民の対話を促進し、総選挙や国民投票の実施を助け、イラク憲法の基礎を支援した」と強調しました

また、イラクの復興支援において日本が果たした役割についても説明されました。陸上自衛隊は、イラク南部の都市サマーワで主に給水、医療支援、学校や道路の補修等の活動に携わりました。自衛隊の活動が始まった頃、高橋氏は国連代表部を経て大使館員としてクウェートに勤務しており、この活動を補佐する役割を担っていました。当時を振り返り、「自衛隊と外務省による支援は、サマーワの人々に非常に好意的に受け取られていた」と述べました。

しかし、米軍撤退後も治安を脅かす状況は続きました。高橋氏は、「イスラム国の出現により、イラクの人々の中で自分たちのコミュニティは自分たちで守らなければならないという意識が強くなり、武器も放棄されなかった。これらの武器が、未だにイラクに残されており、治安の回復を妨げている」と分析しました。

そして、中東が今まさに直面している新たな平和構築の課題についても言及されました。2011年頃から始まったアラブの春による国家の崩壊です。高橋氏は、「チュニジアで発生した反政府デモを発端に、民衆による蜂起が長期独裁政権の国々へと次々に波及した。経済的格差、独裁政権による統制、政治参加の制限などに対する民衆の不満が FacebookやTwitter等のSNSを通じて広がり、爆発したのがアラブの春だ」と説明しました。また、チュニジア、エジプト、ヨルダン、モロッコは様々な困難を経て何とか安定を取り戻した一方で、長期の混乱に陥ったまま未だに安定を取り戻せていないのがシリア、イエメン、リビアであると指摘しました。その上で、状況が思うように好転しないイラクやリビアなどの例をもとに、中東における平和構築の課題として、「治安」「政治プロセス」「開発」「難民・人道支援」を挙げました。

1つ目の「治安」については、「政治プロセスや開発を進める上で最低限必要な条件である」と強調し、「コミュニティが中央政府を信頼して武器を放棄するプロセスに持って行かないと、持続した治安は達成されない。さらに紛争終結後、周辺国が武器を供給するとそれは、新たな火種となる。そういう観点から武器の管理、特に国際社会による外部からの武器の流入監視と言うものが非常に重要になる」と述べました。2つ目の「政治プロセス」については、「いかに宗派や民族にとらわれずに国民全体を思う政治をつくり上げることができるかというのがポイントである。いかに宗派色を殺し、個人の利益を殺し、国民のために動ける政治家が重要なポジションに付けるかも重要な課題だ。また、国家の一体性を強調するのも大事だが、それが少数派の権利や女性の地位といった国際社会の一員としての基本的な価値を犠牲にするものであってはならない」と指摘しました。3つ目の「開発」については、「治安の向上と政治の安定に資する開発が鍵である上、国際社会の調整が無いままの援助は援助効率が落ちるため、調整の枠組みも必要だ」と述べました。そして4つ目の「難民・人道支援」については、「平和構築の前段階としてしっかりと取り組むことで、国家崩壊の負の連鎖が周辺国に及ぶことを防止し、平和構築が始まる時の土台になる」と述べました。

最後に、高橋氏は人間の安全保障という概念についてまとめを述べられました。外務省の定義では、「人間ひとりひとりに着目し、生存・生活・尊厳に対する広範かつ深刻な脅威から人々を守り、人々の豊かな可能性を表現するため個人の保護と能力強化を通じて、豊かで持続可能な社会づくりを流す考え」と定められていることを紹介しました。また、2012年9月の国連総会で採択された「人間の安全保障に関する共通認識」についても触れ、その中で挙げられた2つのポイントについて説明しました。1つ目は、人間の安全保障は、平和・安全保障・人権・開発という国連の活動の柱、全てに関わる概念であるということ。2つ目は、人間の安全保障のアプローチは人間中心、包括的、分野横断的、文脈に合った形、そして予防的な形で個人の保護と能力強化を目的としたものであるということです。そして、人間の安全保障の観点からアラブの春を見たときに、「人々の自由を求める思いは尊重する必要があるが、国家の土台を崩すほどの急激な変化は逆に人々に不幸をもたらすこともある」と問題提起をし、講演を締めくくりました。

講演を受けて、上智大学イスラーム研究センター長の赤堀雅幸教授がコメントを述べました。自身が人類学を専門としていることに触れ、「人間の安全保障と平和構築という問題は、政治学、経済学、人類学などの諸学、さらには人間が持っている全ての叡智が複合的に絡まなくては成し遂げられない。この課題に積極的に関わっていきたいという人は、一人一人どのような形で自分が関わり、どのように他の人たちと手を携えていくかを真剣に考えて欲しい」と参加者に語りかけました。また、人間の安全保障を保証するのは果たして国家なのか、それとも国際的な協調や、個々の人間なのかを考えたときに、「我々日本人は、中東の和平のために日本政府に対してどういった働きかけができるか、どのような勉強ができるか、という一個人のレベルまで戻して人間の安全保障を考えるべき」と強調されました。

赤堀教授

質疑応答では、高橋氏が中東に興味を持たれた経緯や、今後のイラクの治安改善、国連によるミッションについてなど非常に多くの質問が寄せられ、高橋氏はその一つ一つに丁寧に回答してくださいました。「草の根レベルで国民を一つにするために日本政府ができることは?」という質問に対して高橋氏は、「日本は中立的で信頼できるという価値がある。草の根レベルでの貢献は日本の得意技で、例えばイスラエルとパレスチナの若者を呼び日本での対話の機会を設けたり、イラクやアフガニスタンで各派の人々を呼び対話を促したりというような活動を長年行っている」と回答しました。また、「中東問題における今後の日本の立ち位置は?」という質問には、「日本があらゆる立場の人々に受け入れられる存在であるというのは1つの強みだ。この役割が最大限に果たせるのはイランとアメリカの関係である。仲介はしないが、少なくとも認識のギャップを埋める役割は出来るということで、過去2年間この役割に尽力してきた。双方から感謝されており、今後もこのような役割をさらに果たしていく必要があると感じている」と述べました。

東教授

最後に、本セミナーを企画し、司会も務めた上智大学グローバル教育センターの東大作教授は、国連アフガン支援ミッション政務官としてのアフガニスタンでの経験やイラク訪問時の体験を踏まえ、「平和国家としての日本の信頼」を強調しました。2018年と2019年に外務大臣の委嘱による公務派遣でイラクの首都バグダッドと訪問し、バグダッド大学で講演したり、シーア派、スンニ派、クルド派、などを代表する副大統領と、それぞれ個別に議論を行った経験なども踏まえ、日本がイラクにおいても、対立してきた異なる宗派から多大な信頼を得ていることを現場で実感したことを述べました。そして、「世界各地で、対話の促進者、つまり『グローバル・ファシリテーター』として、日本はこれからも、人間の安全保障と平和構築の分野で重要な役割を果たすことができるはず」と強調し、セミナーを締め括りました。

上智大学 Sophia University