ソーシャルワーカーとは、医療や福祉の現場で悩みや問題を抱える人の支援を行う専門職。総合人間科学部の高瀬幸子准教授はソーシャルワークの実践に基づく理論の構築を目指し、研究を通して高齢者福祉の現場に貢献したいと語ります。
私の専門は高齢者領域のソーシャルワーク実践で、主な研究テーマは地域包括支援センターで実践されたソーシャルワークの内容の分析です。地域包括センターとは、ソーシャルワーカーや保健師が在宅の高齢者の生活に必要な支援を行う施設。高齢者福祉というと介護のイメージが強いかもしれませんが、介護以外にも、虐待をはじめとした家族関係の問題、自分のケアができなくなってしまうセルフネグレクト、家を片付けられなくなるゴミ屋敷問題など、高齢者の生活課題は多岐にわたります。
何か困ったことがあったときに、積極的に対処するか、気分転換しようとするか、まったく対処しようとしないか、人によって対処行動はさまざまです。高齢者の対処行動を類型化しつつ、地域包括支援センターのケース記録(利用者の日々の心身や生活の様子と支援の内容を記したもの)を調べ、ソーシャルワーカーや高齢者にインタビューすることで、「こういった対処行動をする高齢者にはこのような支援が有効である」という方法論を明らかにしてきました。
人と環境への働きかけこそ、ソーシャルワーカーの専門的支援
私は大学卒業後、病院でソーシャルワーカーとして働くなかで、病院で働く他職種のスタッフに自分の仕事があまり伝わっていないと感じていました。医師や看護師の仕事の領域は明確である一方で、ソーシャルワーカーは「何でも屋さん」になりやすい。単なる親切やおせっかいではなく、医師や看護師と対等な立場で専門的な援助を行うためには、理論に基づく実践の言語化が不可欠と痛感し、大学院へ進みました。以来、エコロジカルソーシャルワークという考え方をもとにソーシャルワークの理論化を試みています。
エコロジカルソーシャルワークとは、「人間は環境と交互作用しながら生きている」という生態学の視点をソーシャルワークに取り入れた考え方です。例えば、入院患者の退院支援であれば、本人が前向きに帰宅できるように気持ちの支援をすることも大切ですが、退院時に使う車椅子をどこから手配するか、退院後はどんなサービスをいつから利用するか、家族でどうやってサポートしていくかなど、環境を調整することが必要です。こうした環境への働きかけもソーシャルワーカーの専門的支援ととらえて現場での取り組みを理論化し、理論を現場にフィードバックしていく。このサイクルを繰り返すことで、ソーシャルワークの理論と実践をつなげていくことができるのではないでしょうか。
高齢者福祉は「自分事」という意識で考える
現在、認知症の高齢者の意思決定支援について研究を進めています。認知症により判断機能が衰えてきた人に代わり、財産管理や介護・福祉サービスの利用手続きなどを行うシステムとして成年後見制度がありますが、認知症であっても少し手助けがあれば自己決定できるというケースも多く、本人が成年後見制度を拒否するケースもあります。では、ソーシャルワーカーはどういった手助けができて、本人の意思決定をどう支援していくのか。難しい問題が山積していますが、ソーシャルワーカーに聞くと、葛藤を感じる部分や大事にしている部分は共通しているので、現場の声の集積から理論を見出したいと考えています。
若い世代にはまだ実感がないと思いますが、いずれ高齢になって体が動かなくなり、認知症が始まるというのは誰にでも起こり得ること。社会が高齢者をどうやって支えていくのかは避けては通れない課題です。学生たちには、高齢者福祉について「自分事」という意識で考えてもらいたいですね。
この一冊
『暗黙知の次元』
(マイケル・ポランニー/著 高橋勇夫/訳 ちくま学芸文庫)
社会福祉学は科学的な研究と言えるのかと悩んでいた大学院時代に出合った一冊。この本を読んで、私の取り組む研究には実験室でデータをとるような厳密性はないものの、社会に新しい知見をもたらすという意味で科学的価値があると確信しました。
-
高瀬 幸子
- 総合人間科学部社会福祉学科
准教授
- 総合人間科学部社会福祉学科
-
上智大学文学部社会福祉学科卒。医療ソーシャルワーカーとして勤務後、上智大学総合人間科学研究科社会福祉学専攻博士後期課程修了。博士(社会福祉学)。学術振興会特別研究員PD、帝京平成大学臨床心理学研究科講師、同准教授を経て、2023年より現職。社会福祉士。
- 社会福祉学科
※この記事の内容は、2023年10月時点のものです