人と人との出会いから生まれる新たな言語。固定観念に縛られず定説を覆す

外国語学部ポルトガル語学科 
教授 
市之瀬 敦

人と人との出会いから生まれるクレオール語の言語分析が専門の外国語学部の市之瀬敦教授は、ポルトガル語圏のアフリカ諸国の言語調査を行い、その構造の研究をしています。異文化の接触から育まれる言語の魅力とは?

異なる言語を話す人々の出会いから、新しい言語が形成される。そこにロマンを感じて、私はこれまでクレオール語を研究してきました。

異なる言語を話す人々が交流するなかで、時と場合によって、わずかな語彙と単純な文法構造からなるピジン語と呼ばれる言葉が形成されることがあります。さらになんらかの理由でピジン語がある集団の母語になることがあります。それがクレオール語です。これは研究者の間の暗黙の合意のようなものですが、研究対象とされるのは大航海時代以降に形成されたものに限定されることが多いです。

クレオール語の理解には幅広い知識が必要

クレオール語のなかでも、私は特にアフリカ大陸の西端に位置するギニア・ビサウのクレオール語に注目しています。同国は16世紀からポルトガルの支配下に置かれ、1970年代に独立しました。公用語はポルトガル語ですが、大半の国民が日常的に使うのはクレオール語です。

ギニア・ビサウのクレオール語がポルトガル語の影響を受けて形成されたのは確かですが、ポルトガル語の知識だけで十分な研究ができるわけではありません。

例を挙げましょう。ギニア・ビサウのクレオール語に「i(イ)」という短い語があります。例えば、「Jon i pursor」は「ジョアンは先生です」という意味ですが、i はJon(ジョアン)とpursor(先生)をつなぐので、英語で言えばbe動詞のisにあたる、ポルトガル語の é に由来すると長らく考えられてきました。

しかし私は i の使い方を精査して、その起源が é ではなく、ポルトガル語の三人称単数主格代名詞である ele に由来するとした論文を書き、その後、学界の定説がほぼ覆りました。ヒントの一つになったのは、中国語の「色即是空(色即ち是空なり)」です。つまり i は「是」に当たる役割を果たしているのです。幅広い言語の知識が先入観から自由になるのに役立った研究成果でした。

またギニア・ビサウのクレオール語では「—するとき」を ora ku、「—したとき」を oca という具合に時間に関する表現を使い分けます。私は、ポルトガル語には存在しないこの使い分けが現地のマンディンカ語のような西アフリカの言語にはあることを突きとめました。ちなみに oca はマンディンカ語では「見る」という意味の動詞としても使われます。クレオール語のocaはポルトガル語の動詞achar「見つける」に由来します。このようにクレオール語の研究には、「上層語」と呼ばれる、植民地の支配者であるヨーロッパ人の諸言語だけでなく、支配された側の言語である「基層語」の知識も必要です。

アフリカの賢人との交流を通して現地の言語を調査する

私が基層語としてのアフリカ諸語の知識を得る上でありがたかったのは、人づてに知り合ったギニア・ビサウ人のおかげです。マリオ・シソコというのですが、彼自身は歴史学者で、抜群に頭が良く、アフリカの言葉を10種類ほど流暢に話します。研究には現地での言語調査が欠かせませんが、彼に会い、話を聞くのも私にとって重要な研究手法の一つです。

最近はアフリカ諸国の言語状況の変化に関心を持っています。かつてクレオール語はヨーロッパの言語に劣ると言われ、そうした否定的な評価を受け入れていた人がアフリカ生まれの人にもいました。しかし近年、クレオール語は「普通の」言葉であり、公用語にすべきだと主張する声がアフリカ生まれの人のなかからも出てきた。興味深い動きです。アフリカの文化や社会の今後の変化が楽しみです。

この一冊

『ピジン・クレオル諸語の世界 ことばとことばが出合うとき』
(西江雅之/著 白水社)

学生時代に著者の講義を受けたのがクレオール語に興味を持ったきっかけです。人間の言語とは何なのか。長年の海外調査や研究を重ねてきた著者の思索が簡潔な言葉でまとめられており、クレオール語の入門書としてお勧めの一冊です。

市之瀬 敦

  • 外国語学部ポルトガル語学科 
    教授 

東京外国語大学卒、同大学院修士課程修了(文学修士)。外務省在ポルトガル日本大使館専門調査員、上智大学外国語学部講師、助教授を経て、2007年より現職。上智大学ポルトガル・ブラジル研究センター所長、上智大学ヨーロッパ研究所所長、日本ポルトガル・ブラジル学会会長など歴任。

ポルトガル語学科

※この記事の内容は、2022年12月時点のものです

上智大学 Sophia University