商品やサービスを購入する消費者の行動パターンや心の状態について、心理学の研究手法を用いて明らかにしている経済学部の杉谷陽子教授。企業に知見を提供するだけでなく、詐欺被害などの消費者問題にも貢献できる研究の魅力について語ります。
私の専門は消費者行動論や消費者心理学とよばれる分野です。消費者はどのような商品やサービスを好むのか、購入に至るまでの意思決定過程にはどんな特徴があるのかなど、消費者の行動や心理を科学的に解明することを目指しています。
研究の手法としては、主に心理学実験を用いています。例えば、オンライン上で架空の口コミを見てもらい、それを読む前後で商品に対する評価がどう変化するかを測定したり、実験参加者に会場に集まってもらい、実際に商品を触る前と後で、その評価がどう変わるかを調査したりします。評価の測定には、心理尺度と呼ばれるものさしを使って点数化することもあれば、商品の選択行動を観察することもあります。
悪い口コミが広がっても、人気が落ちない商品もある
研究成果の一つとして、消費者が商品やサービスに対して抱く評価は、自分自身の経験や体験、個人的な感情によって生じる「自己に基づいた評価」と、世間や身近な人々の間での評判を反映した「他人の視点に基づいた評価」の2種類に分けられることが分かりました。多くの企業は、SNSで悪い口コミが広がることで、商品の売上が落ちてしまうことを強く懸念しますが、そうした状況でも、「自己に基づいた評価」を確立している商品やサービスは、人気が低下しないという研究結果が得られました。このような耐性、すなわち、「強いブランド力」を築くためにはどうしたらよいのでしょうか。商品を長く使ってもらい、個人的な思い入れを作り上げるのは一つの戦略です。例えば学割などで若い世代の消費者に利用を促すことは有効な手段でしょう。
いかにして売上を伸ばしていくか、マーケティングリサーチは企業ももちろん行っていますが、それらはあくまでも自社の商品についての研究です。これに対して、私たちは商品を売ることではなく、消費者行動の理論を導くことを目標とします。消費者の一般的な行動を探求することで、特定の企業や商品に限定せず、説明を行うことを目指します。
チャットアプリを用いた詐欺が横行する理由
消費者行動の研究は、消費者問題の解決にも役立ちます。例えば近年、問題になっているオンライン・チャット・アプリを用いた詐欺は、オンラインならではの、だまされやすいポイントがあります。相手が目の前にいる対面コミュニケーションと比べて、だまされる側の心理的プレッシャーが少ないことがその一つ。また、LINEなどの日常的に使っているアプリによる詐欺は、24時間いつでも話せる機能を使って、社会や他者と関わりを持ちたいという消費者の気持ちを巧みに利用します。消費者問題について講演をしてほしいという依頼は、最近増えてきていると感じます。
研究の面白さは、生活の中で抱いた素朴な疑問を自分なりの手法で解き明かすことができる点です。仮説が実験データにより裏付けられたときや、研究成果が講演などを通じて世の中で役立つことに喜びを感じます。もっと社会で役立つ研究を目指して、独自の新しい発見を導き出すことを目標に取り組んでいきたいと思います。
今後の研究テーマとしては、消費行動における持続可能性(sustainability)の促進、例えば、環境に優しい商品がどうすればもっと普及するのかなどの問題に取り組みたいと考えています。多くの消費者にとって、品質を犠牲にしていると感じられたり、あるいは、企業のパフォーマンスのように受け取られてしまう環境配慮型商品を、どうすれば自然に受け入れられるようになるかを示すことができたらと考えています。
この一冊
『竜馬がゆく』
(司馬遼太郎/著 文春文庫)
高校時代には本書を含め、司馬遼太郎さんの作品をたくさん読みました。過去の歴史において、国を動かすためには経済の力が重要だったと強く感じたことが大学での学びにつながり、現在の研究に役立てられています。今でも折に触れて読み、元気をもらっています。
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杉谷 陽子
- 経済学部経営学科
教授
- 経済学部経営学科
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慶應義塾大学商学部卒業、一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。 博士(社会学)。 上智大学経済学部経営学科助教、同准教授を経て、2019年より現職。専門は、消費者心理学、マーケティング論。
- 経営学科
※この記事の内容は、2023年8月時点のものです