理工学部の黒江晴彦准教授の専門は、固体物理学。マイナス270度、10万気圧といった多重極限環境下での物質の変化を研究しています。「物理学は万策尽きたときにこそ、本領を発揮する学問」だと語る、その真意とは?
私の研究テーマの一つは、多重極限環境の物性測定です。多重極限環境とは、私たちが暮らしている世界とはかけ離れた条件を複数備えた環境のこと。マイナス270度、10万気圧、地球表面の20万倍の磁場といった環境下での物質の性質を研究しています。
自然界には存在しない多重極限環境を人工的に作り出すことが実験のスタートです。物質に高い圧力をかけるときに使うのは、ダイヤモンドアンビルセルという装置。この中には先端をとがらせたダイヤモンドが2個向かい合わせた状態で入っています。小さな穴のあいた鉄板をダイヤモンドで挟み込み、絞めあげることで圧力をかけられます。片側のダイヤモンドに実験対象の結晶をのせて、実験を行います。
この縦横高さ3センチほどの小さな装置を使用すると、10万気圧までの環境を容易に作ることが可能です。圧力をかけた状態で装置ごと液体ヘリウムに漬ければ、超高気圧かつ超低温の多重極限環境が実現します。ダイヤモンド越しに顕微鏡で覗きながら結晶に光を当て、分光測定の手法で蛍光スペクトルや散乱スペクトルを観測できます。このようにして物質の変化を計測し、それを説明する理論を考えるのが私の目標です。
他の学問では解決できない問題でこそ、物理学が役立つ
物理学が学問としての本領を発揮するのは「万策尽きたとき」だと私は思っています。他の学問では説明できないことも、物理学ならば多少遠回りしながらでも、一から理論を組み立てることができます。
実際に20世紀初頭、溶鉱炉内の温度を計測する方法を考える際に役立ったのも、物理学でした。現代のように超高温に対応する温度センサーが存在しない時代に、物理学者たちは黒体という仮想の物質を考え、溶鉱炉の中で熱された物体が出す光の色、すなわち光の波長と温度の関係を理論化しました。その結果、それまでは熟練工の経験を頼りに判断されていた溶鉱炉の温度を、科学的な根拠に基づいて推測する方法を確立し、鉄鋼業の成長に寄与しました。
この話には続きがあります。室温付近で物体が発する光(遠赤外線)から、空に白く輝く星のような熱い物体が出す光まで、すべてに適用できる理論が当時の物理学では構築できない事がわかりました。そのため物理学者たちは新しい枠組み、量子力学を構築しました。これは万策尽きたときに物理学が進化・深化した端的な例と言って良いでしょう。
今の時代の新しい発見が、未来の常識になる
約100年前の最先端技術、溶鉱炉用の非接触温度計は、現在では私たちの体温を非接触で測定しています。物理学の研究成果は、いつどのような形で社会に還元されるのか予想がつかない部分があります。
物理学は科学というフィルターを通してのみ知ることができるミクロの世界と、一般社会の橋渡しをする学問です。私たち物理学者の仕事は、研究を通じて得た知見を使ってさまざまな現象を論理的に説明し、多くの人がそれらを知識として共有できる状態にすることだと思います。過去の物理学者たちが突き止めたX線の存在や原子の構造が、現在では当たり前のこととして認識されているように、今の時代の研究成果や新しい発見が、未来の世界の常識を形作っていくのです。
この一冊
『道具と機械の本 てこからコンピューターまで』
(デビッド・マコーレイ/著 歌崎秀史 /訳 岩波書店)
エレキギターから掘削用ドリルまで、さまざまなモノの仕組みがイラストで解説されています。子どもの頃に読んで感激し、研究者となった今も、いつかこんな本を書いてみたいと思いつつ読み返しています。出張先で原著を衝動買いしたのも思い出。
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黒江 晴彦
- 理工学部機能創造理工学科
准教授
- 理工学部機能創造理工学科
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上智大学理工学部物理学科卒、上智大学大学院理工学研究科博士前期・後期課程修了。博士(理学)。上智大学理工学部物理学科助手・助教、上智大学理工学部機能創造理工学科助教を経て2016年4月より現職。
- 機能創造理工学科
※この記事の内容は、2023年7月時点のものです