新たな有機合成手法が切り拓く環境調和型社会。高機能な触媒を求めて

有機合成化学が専門の理工学部の鈴木教之教授は、有機金属錯体触媒を使った新たな有機合成方法を研究しています。脱炭素社会に向けた環境調和型の有機合成化学の魅力とは?

医薬品、繊維、染料、プラスチックなど、私たちの生活に欠かせない物質の多くが有機合成によって作られます。こうした付加価値の高いものを作るほかに、さまざまな有機合成を実現する手法自体を生み出すことを目指す研究もあります。それが、私が取り組んでいることです。

何か有機化合物を作るときに、これまでは3段階の反応が必要だったところを、もし1段階で済めば、時間やエネルギーを節約できます。実験に使う物質を高価なものから安価なものへ置きかえられれば経済性も上がる。だから新たな合成方法が求められるわけです。

反応を促進する一方、それ自体は反応の前後で変わらない物質である触媒は、有機合成に欠かせません。どんな触媒を用意するか。それが新たな合成方法を見出す鍵だと考えています。

配位子のデザインで決まる触媒機能

触媒としてよく使われるのは、チタン、パラジウムなど、周期表で第3族元素から第11族元素の間にある遷移金属です。遷移金属触媒はさまざまな反応を起こすことができますが、反応をより高度に制御するには、遷移金属の周りに、配位子と呼ばれる有機物を付けて錯体を作る必要があります。

遷移金属に配位子を付けて、あっちを出っ張らせ、こっちに引っかかりを作って、という具合にデザインを工夫し、いかに高機能な触媒を作れるか。私は、二つの異なる金属を近づけ、有機物を間に挟んでお互いに離れないようにすれば、これまで一つの金属ではできなかった新たな触媒ができるのではないかという発想で研究を進めています。研究というのはたいてい先人の真似から始まりますが、なるべくオリジナリティを盛り込んだ研究がしたいですね。

また、水の中で有機反応を行う方法も研究しています。有機反応は、一般にアルコールやトルエンなどの有機溶媒に溶かして行います。有機溶媒は化石燃料から作られているので、燃やすと二酸化炭素を出してしまう。しかし、有機溶媒の代わりに水の中で有機反応を起こせれば、この問題を解決できるかもしれません。

水の中での有機合成で温室効果ガスを削減

温度応答性の界面活性剤を応用すれば、処分にエネルギーを使う上、温室効果ガスも出してしまう問題を解決できるのではないかと考えています。界面活性剤は、水と相性のいい親水基と油と相性のいい疎水基からなる化合物です。代表的な界面活性剤である食器用洗剤の場合、疎水基が油汚れを吸着し、その周りを親水基が取り囲み、ミセルと呼ばれる球状物質を形成します。この作用により油汚れを水とともに洗い流すことができるわけです。

界面活性剤の中に温度を上げるとミセルを形成し、下げるとミセルが消え、油分と水分が分離するものがあることは以前から知られていました。私たちが目指しているのは、この温度応答性の界面活性剤に触媒を付け、有機合成を行うこと。温度を上げた状態でミセルの中で有機合成を行い、温度を下げて分離して上澄みを回収し、水を再利用する――。そんな環境に優しい有機合成反応を実現したいのです。

脱炭素社会の中で今、化石燃料を原料とする有機合成の意義が根本から問われています。若い人たちと一緒に考えたい問題です。狙い通りの反応を起こすことは難しく、うまくいったり、思いもよらない結果が出たりしたときの面白さは格別です。どうしてこうなるんだろう?という疑問が次の研究に繋がります。

この一冊

『ライ麦畑でつかまえて』
(J.D.サリンジャー/著 野崎孝/訳 白水社)

主人公の語り口、作品が持つ空気感に惹かれて、高校時代から今まで折々に読み返しています(新訳版も含めて)。社会の中で個人が抱える葛藤を思い出させてくれます。それに慣れてしまいそうな時に。

鈴木 教之

  • 理工学部物質生命理工学科
    教授

東京大学工学部合成化学科卒、同大学院工学系研究科修士課程修了。博士(工学)。昭和電工株式会社研究員、分子科学研究所助手、理化学研究所研究員を経て2009年上智大学准教授、2014年より現職。

物質生命理工学科

※この記事の内容は、2022年5月時点のものです

上智大学 Sophia University