憲法の条文には記載がない自己決定権について、とくに少数者の権利をどう考えるかを研究してきた法科大学院の巻美矢紀教授。他の法律と違う憲法の特徴や魅力、憲法解釈を多方面の分野から探っていく、憲法理論の魅力とは?
国の最高法規である憲法には、信教の自由や表現の自由などが定められています。一方、条文として明文化されていないものの、プライバシー権などが「新しい人権」として認められています。私の研究テーマはこの「新しい人権」のうち、広義のプライバシー権の中の「自己決定権」についての意味を明確にすることです。
「自己決定権」をめぐっては、尊厳死や安楽死の権利が認められるかどうかなど、議論のテーマに挙がっているものがたくさんあります。アメリカで議論されている中絶の権利や同性婚など、私は少数者が求める権利やそれをめぐる議論、裁判に興味を持ち、研究を続けています。たとえ多数派の価値観にあらがってでも、個人の尊重という観点から、少数者にとって認められるべき権利はあると考えています。
法を超えてさまざまな分野で学べる面白さ
研究は諸外国の憲法や判例を探り、日本と比較するところからスタートします。同性婚であればアメリカなど先行する国々が対象になります。どのような憲法解釈により権利が認められたのか、そこに至るまでにはどのようなプロセスがあったのか、さらにその国の支配的な価値観や憲法制定の歴史などの背景までを調べていきます。これは憲法理論と呼ばれる領域です。
憲法理論でのアプローチを進めていくと、法律だけでなく、政治学や社会学、歴史など多様な分野に対象が広がっていきます。これが研究の面白さです。なぜその権利が認められたのかを詳しく解き明かすことで、日本でもその権利が承認されるべきことを説得的に主張することができると考えています。
現在、同性婚については各地で集団訴訟の一審の判決が出そろったところです。最高裁で主張が認められるためには、裁判官ひいては国民を納得させることのできる、十分な理由が必要です。私の研究がそのために役立てられたらうれしいです。
アメリカの人工中絶裁判が今後、どうなるかにも注目
アメリカの人口妊娠中絶の権利をめぐる裁判にも注目しています。50年近く認められてきた権利が2022年、連邦最高裁判所で覆されたことは記憶に新しいですが、アメリカではキリスト教の影響から中絶は禁止すべきと考えている人も多く、長年二つの意見が対立していました。ただ、先進的な考えを重視する国で、このような結果になったことは驚きでした。
人工妊娠中絶に関する憲法上の権利を否定する判決には、トランプ政権時代に最高裁判所の比較的多数の裁判官の入れ替えが生じ、保守派が増えたことが影響しています。このため裁判官がいかに憲法解釈をすべきか、という方法論の議論が白熱しています。今後はこれまでの自分の研究内容を振り返りながら、今後のアメリカでの動向を注視していきたいと思います。
一般の方々には憲法の面白さをもっと伝えていきたいと考えています。刑法など一般的な法律は閉じられていて解釈の幅も狭いですが、憲法の特に人権条項は開かれていて、解釈の余地が広く、そこに憲法を研究する面白さがあります。また憲法が依拠する基底的な原理は個人の尊重であり、私たちにとってとても重要な法なのです。
この一冊
『憲法と平和を問いなおす』
(長谷部恭男/著 ちくま新書)
私が大学院時代に学び、隣接学問領域まで探っていく現在の研究のきっかけになった憲法学者の著書です。憲法を解釈するために必要な憲法の存在意義、憲法と平和の関係などについて、一般読者向けに分かりやすく書かれています。高校生にもぜひ読んでほしい一冊です。
-
巻 美矢紀
- 法学研究科法曹養成専攻
教授
- 法学研究科法曹養成専攻
-
東京大学法学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程満期退学。博士(法学、東京大学)。千葉大学大学院専門法務研究科教授などを経て、2017年より現職。
- 法曹養成専攻(法科大学院)
※この記事の内容は、2023年9月時点のものです