「福祉から就労へ」がスローガン。イギリスにおける新たな失業者対策の現状

イギリスの社会政策、中でも所得保障制度を専門に研究している総合人間科学部の平野寛弥准教授。2010年代からの福祉制度改革により刷新された新制度の特徴や成果、国際比較という研究の意義とは?

世界には、雇用や失業に関する問題を抱える国が多く存在します。充実した社会保障制度を持つ国として知られるイギリスも、その一つ。イギリスは1970年代に始まった経済不振により、長年、失業率の高さに悩まされてきました。私の研究では、主にイギリスにおける失業問題への取り組みやその意図、成果を分析するとともに、個人が継続的に収入を得て、衣食住に困らない生活を送れるような社会作りに向けてすべきことを、政策や制度の面から考えています。

第二次世界大戦後、イギリスは福祉国家の建設を目指して、社会保障制度の整備に力を入れてきました。その中で作られたのが、現金給付を与えることで失業者の生活の安定を図る所得保障の制度です。しかしこの所得保障の制度は、時代の変化に合わせて段階的に修正を繰り返された結果、非常に複雑で分かりづらいものとなり、2010年代から始まった福祉制度改革では、抜本的な見直しが行われました。

現金給付の受給要件を厳格化。生まれた成果と新たな問題

新しい制度では「福祉から就労へ」というスローガンの下、単に給付を与えることではなく、就労活動や職業訓練を促進することで失業者の意識、生活を改善するという方向性が明確に打ち出されました。これまでは比較的容易にもらえた給付に「定期的にケースワーカーの面談を受ける」「一定時間以上の求職活動を行う」などの受給条件が加えられたことで、失業者の就労意欲や行動については変化の兆しが表れはじめたものの、現在も失業率自体は大きく改善しておらず、就労へのプレッシャーによる精神疾患の増加などの問題も生じています。研究では、このような新しいシステムが生む副作用にも目を向けた上で、政策や制度の有効性、成果を検証することが重要です。

実際に現地を訪れて行う調査では、失業問題担当のケースワーカーや失業の当事者から話を聞く機会もあります。彼らからすれば、私は外国人であり、まったくの部外者と思われても当然ですが、何度も足を運び、対話を重ねる中で私を信頼し、率直な思いを語ってくださる方、家に招き入れて実際の生活を見せてくださる方もいます。失業は人々の生活や命に直結する深刻な問題。常に責任感と誠意を持って研究と向き合うことを、心がけています。

他国の事例から学びを得る、国際比較研究の意義

この研究には、イギリスの社会政策と日本の社会政策の類似点や相違点を調べる国際比較研究という意義もあります。新卒一括採用、長期雇用という独自の雇用方式がある日本の失業率は、他の先進国と比較して低い水準で推移しているとは言え、これから先も同じ状況が続くとは限りません。今、日本では顕在化していない社会問題であっても、先にそれらの問題に直面した国の事例を見ておけば、いつか日本で同様の問題が生じたときに取り得る選択肢を増やすことにつながります。

国がすべての人に満足のいく収入と生活を保障することは難しいかもしれませんが、できるだけその方向に近づける努力はすべきです。そのためには、世の中の人たちが社会の基盤となる政策、制度作りに興味を持てるよう、私たち研究者が得た知見を世の中に知らせること、そして改善の必要があればその都度示していくことが大切だと思っています。

この一冊

『不平等の再検討』
(アマルティア・セン/著 池本幸生活/訳 岩波書店)

社会における不平等の問題や正義のあり方を、経済学の立場から論じた本。より良い世の中を作るためには、まず目の前にある「不正義」を克服することこそが大切だという視点は、私の学者としての原点になっています。

平野 寛弥

  • 総合人間科学部社会福祉学科
    准教授

東京都立大学人文学部社会福祉学科卒、同社会科学研究科社会福祉学専攻博士課程修了。博士(社会福祉学)。目白大学人間学部専任講師、同准教授を経て、2023年より現職。

社会福祉学科

※この記事の内容は、2023年7月時点のものです

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