医療への貢献に期待。水中のわずかな不純物を検出する特別な分子

理工学部の橋本剛教授が取り組んでいるのは、特定の分子・イオンを捕らえる分子を作る研究です。天然由来の分子を用いず、人工的に分子を作り出すことの意義や、今後実用化が見込まれる分野について考察しています。

化学は、多様な側面を持つ学問です。さまざまな研究領域がある中、私が専門とするのは分析化学と呼ばれる分野。現在取り組んでいるのは、特定の分子やイオンに反応して色が変わったり、光ったり、電気的な信号を出したりする特別な分子を作る「分子認識」という研究です。

小中学生のころに理科の実験で使った、リトマス紙を思い出してみてください。見ただけでは分からない水溶液の性質が、リトマス紙の色によって目に見える状態になります。このように、対象となる分子の存在を可視化する分子、言い換えれば特定の分子に応答できる分子を作り出すことが、この研究の一つの目標になっています。天然由来の分子の中にも、特定の分子に反応を示すものは数多く存在していますが、そこを敢えて人工の分子でやってみようというのが、私のこだわりです。

生態系に影響を及ぼさない人工の分子で作りたい

天然由来の分子は種類が豊富な上、安価に作れるなどのメリットがある一方、高温・低温といった過酷な条件下では壊れやすく、また、植物や動物から原料となる物質を抽出する際に、生態系を脅かす危険性もあります。そういったデメリットが原因で天然由来の分子を用いることが難しいケース、また、天然由来の分子では捕まえられない分子がターゲットになるケースで役立つのが、人工の分子です。

この研究の成果は、今後、幅広い分野で活かすことが可能だと思っています。その中の一つが、注射用水の製造や医療機器の洗浄などに用いられる超純水の精製です。通常、私たちが生活で用いる水の中には、血液中に入ると発熱を引き起こすエンドトキシンと呼ばれる物質が含まれていますが、分子の力を使えばこのエンドトキシンを極限まで検出・除去することができます。

さらに近い将来、特定の細菌に反応する分子を作り出すことができれば、人工関節の手術の際に、患部が細菌に感染していないかをその場で確かめ、術後に感染症が引き起こされるリスクを減らすことにもつながるでしょう。また、牛や馬など病院に連れて行くことができない大型の動物の治療では、現場での抗生物質の投与に頼るケースが多いのですが、特別な装置がない場所でも新しい分子を用いた試薬で簡単に感染症の有無や種類を判断できれば、抗生物質の濫用も防げる上、耐性菌の出現も抑えることにつながります。

水1滴中に、10の21乗個。微細かつ壮大な分子の世界

分子の世界は非常に微細、かつ壮大です。例えば、水1滴(約0.03 mL)に含まれる分子の数は、約10の21乗個。実験でデータを取る際は、そのとてつもない数の分子一つひとつに注目することは不可能です。分子の全体としての動き、平均的な反応を捉えていきます。

しかし、得られた結果が仮説通りにならなかった場合には、その理由を検証する過程で、他の分子とは異なる動きをした分子があったのか、それはなぜ起こったのかというミクロな視点も必要になります。私たちから見れば、さまざまな条件が重なって起きた偶然の結果も、分子の側からすれば、そうなるべくしてなった必然の結果。そこに理由がある以上、それを明らかにしていくことも、私たち研究者の役割だと思っています。

この一冊

『自省録』
(マルクス・アウレーリウス/著 神谷美恵子/訳 岩波文庫)

著者は、ストア派の哲学者としても知られるローマ皇帝。日記や覚書のような取り止めのない文章ながら、読み返すたびに心に響く言葉に出会える本です。1800年以上も前に、このような本が書かれていたことも、驚きです。

橋本 剛

  • 理工学部物質生命理工学科
    教授

上智大学理工学部化学科卒、同理工学研究科博士前期課程修了。博士(理学)。同和鉱業株式会社研究員、2000年より上智大学理工学部化学科助手、助教、理工学部物質生命理工学科助教、2015年同准教授などを経て、2023年より現職。

物質生命理工学科

※この記事の内容は、2023年6月時点のものです

上智大学 Sophia University