インドのコミュナル紛争から見えた暴動のメカニズム

総合グローバル学部総合グローバル学科
教授
サリ・アガスティン

「暴動にははっきりしたメカニズムがある」と話すのは、 故郷・インドのコミュナル紛争について研究を行う総合グローバル学部のサリ・アガスティン教授。自分のエスニック暴動の研究の経験から現代社会における人間の暴力性にについて学ぶ意義について語っています。

「戦争」は一般的に国家間の兵力による闘争と位置づけられていますが、「紛争」、特にエスニック紛争は異なる民族やエスニック・アイデンティティを持つ一般市民同士の争いと認識されています。またエスニック・グループ対政府の対立もありますが、私が研究しているインドのコミュナル紛争は、イスラム教徒とヒンズー教徒の対立であり、一見宗教紛争のように見えるが、いくつかの大都市を中心にコミュニティ間限定の衝突であるからコミュナル紛争ともいわれます。その中心を成すのも、普段はごく普通の生活をしている一般市民による暴動です。

これらの暴動の根底にその社会の見えざる分断(文化や習慣、信仰や経済的格差等による)が存在しており、日常生活における衝突等の絡み合いが多く、往々にして激しい暴力の応酬につながっています。異なるアイデンティティを持つ集団間の対立はどのように始まり、なぜ殺し合いにまで発展するのか、穏やかな人柄をも豹変させる人間の暴力性とは一体何なのか。研究では暴動の原因やそこに参加する人々の傾向を、政治学、心理学、哲学、宗教学などさまざまな学問の知識からなる学問的横断法を用いて分析しています。

暴動の共通点。突発的に始まり多様な要素で激化

私が紛争や暴動の研究を始めたのは大学院時代、ガンジーの生まれ故郷であるグジャラート州で起きたイスラム教徒とヒンズー教徒の大きな紛争がきっかけでした。暴動直後に現地を訪れて多くの人から話を聞き、ほかの約50か国の過去の暴動と比較しながら暴動のメカニズムに注目しました。

その結果分かったのは、暴動はどれも同じメカニズムを持っているということです。多くの場合、突発的な出来事によって始まり、さまざまなデマが流れ、その中で同アイデンティティによる結束によって人はあらゆる暴力行為(特に放火やレイプ等)を行い、報復行為でさらに激化する。このような過程(他の様相も)は、どの暴動においても同じです。しかし、どのような暴動でも政府が志と決断力を持って取り組めば短期間で収められること、市民生活もしばらくは緊張感が残るものの、数年後にはある程度暴動前の状態に戻ることも分かりました。

身近な問題としての暴力と共生社会

現代日本は社会的な意味で紛争や暴力の経験は少ないかもしれません。しかし私たちは人間の暴力性について真剣に学ぶ必要はあります。今後日本で暮らす人々の国籍や文化、信仰やジェンダーが多様化すれば、何らかの対立が起こる可能性はありますし、今後の日本の共生社会の方向性について考えておくことは、非常に大切だからです。

家庭内における配偶者間、親子間の暴力、デートDV、またパワーハラスメントやヘイトスピーチのような行為も暴力であり、日本にも存在しています。また、貧困、格差や差別に苦しむ人がいる社会には「構造的暴力」というものが存在し、加害者は見えないが社会の構造そのものの一員として私もいます。その意味で暴力は現代の日本においても、非常に身近な問題です。

研究を通じて、暴力を事前に防ぐためのメカニズムを構築する必要性を確信しました。市民社会の日常的かかわりと制度としてのかかわりを強化し、政府機関の志をもった介入の徹底等によって暴動を防ぐことができる。目指すべきは「どうすれば少しでも暴力と不正を減らしていけるか」ということであり、努力は結果を出します。私たちが自分の周りにある暴力を看過せず、なくすための行動を起こせば、社会は確実に変わります。

この一冊

『The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined』
(Steven Pinker/著 Viking,2011)

本書は、暴力の歴史とともに、暴力を減少させる要因となった、人間の本性に宿る「善なる天使」について触れられています。それは、私たちに生まれながらに備わっている共感、セルフコントロール、道徳感覚、理性の機能だといい、これらの発展は暴力を回避させると説明します。日本語訳版は『暴力の人類史』(上・下)になりますが、できれば原書を読んでみてください。

サリ・アガスティン

  • 総合グローバル学部総合グローバル学科
    教授

カリカット大学(インド)で政治学およびPune JDV大学(インド)で哲学の学士号を取得後、上智大学神学部神学科を卒業。その後上智大学外国語学研究科地域研究専攻博士前期・後期課程修了。博士(地域研究-エスニック政治学)。上智大学文学部講師、同神学部准教授及び教授などを経て、2016年より現職。上智学院理事長(2023年5月1日~)。

総合グローバル学科

※この記事の内容は、2022年6月時点のものです

上智大学 Sophia University