一人ひとりが語るライフストーリーを分析し、人生をひもとく

国際教養学部国際教養学科
准教授
岡田 華子

ナラティブ・インクワイアリーという手法を取り入れ、一人ひとりが持つライフストーリーの解明に取り組んでいる、国際教養学部の岡田華子准教授。言語とアイデンティティーの研究の中で明らかになった、インターナショナルスクールに通う日本人生徒の複雑な心情とは?

私はナラティブ・インクワイアリーを専門とする応用言語学者です。ナラティブ・インクワイアリーとは、個人の経験談を聞き出して分析し、その意味を理解するための柔軟かつ学際的な手法です。アンケート調査や実証研究など、他の研究方法では十分に捉えられない人生の複雑さや主観的体験を理解することができます。研究参加者には自らの言葉でライフストーリーを語ってもらうことが重要なので、私はまずインタビューから始めます。通常は、研究参加者の人生に大きな影響を与えた人物も含め、長期にわたり複数回インタビューを行います。彼らの話に文脈と奥行きを補うために、現地調査や実生活における長期観察、資料の収集、研究プロセスの省察記録など、エスノグラフィック・アプローチも取り入れています。この手法は時間と労力を要する半面、心に響くストーリーや貴重な見識が得られるので、やりがいがあります。

インターナショナルスクールの生徒が抱える、言語とアイデンティティーの複雑さ

私の研究テーマの一つは、言語とアイデンティティーの関係です。一例を挙げると、国内のインターナショナルスクールに通う、海外経験や外国ルーツを持たない日本人生徒について調査しています。帰国子女や、複数の国にルーツを持つ生徒を対象とした研究はこれまでにもありましたが、私のターゲット層には前例がありません。

私が言語に興味を持つようになったのは、日本人として日本の家庭で育ちながら英語で教育を受けた、自分自身の経験が影響しています。幼少の頃から、「2つの言語のはざまにいる」という感覚をつねに抱いていました。日本語にせよ英語にせよ、私の語学力は母語話者ほど堪能ではないと感じていましたし、バイリンガルとしての生い立ちを強みだと思う代わりに、劣等感を抱くことが多かったのです。こうした個人的経験から、私はインターナショナルスクールに通う日本人高校生の自己認識と言語に対する態度を調査しました。その結果、自分の言語とアイデンティティーについて、彼らが同じような感情を持っていることが明らかになったのです。

研究に参加してくれた高校生たちは、アイデンティティーとは固定された二者択一的な概念で、多くの場合、国籍と結びつくものだと考えがちでした。そのため、彼らは帰属意識を持てず、日本にも他のどこにも属していないと感じていたのです。その一方で、国内外のインターナショナルスクールに通う仲間に対しては、帰属感と安心感を見出していました。どこの国にも属さない「ハイブリッド」というアイデンティティーで共通しているからです。インターナショナルスクールというコミュニティーが持つ多様性とは裏腹に、実際は彼らが比較的小さい特殊な世界に属していることがわかりました。

多様性に富む国際教養学部の学生たち

インターナショナルスクールと同様に、上智大学国際教養学部(FLA)の学生たちも多様でユニークです。さまざまな文化的、教育的背景を持つ学生が集まっており、大半が少なくとも2カ国語を話します。一つのクラス内に、ずっと英語で暮らしてきた留学生もいれば、日本を離れたことがなく日本の学校制度だけで教育を受けてきた学生も、英語を第3または第4言語として使う学生もいます。なぜ彼らはFLAのような学部を選ぶのか、そして、FLA特有の学習環境において、どのように彼らの言語とアイデンティティーが変化していくのか。私はそこに興味を持っています。

FLAで私が教えているのは、アカデミックライティングやパブリックスピーキング、クリティカルシンキングなどのコア科目です。これらは私の研究課題に直結するものではありませんが、関連する話題が出た時はいつでも、自分の知識と経験談を学生に共有しています。彼らはインターナショナルスクールの研究参加者たちと同じような困難に直面したことがあるかもしれません。そんな学生たちの心に、私自身の経験と研究成果が響くことを願っています。さらに、多様な文化的背景を持つマルチリンガルの学生たちが、日本における前向きな変化の推進役となれるように導きたいと思っています。

病いや障害を抱える人々の物語を明らかにする

このほかに、病いや障害を持つ人々のナラティブ研究にも取り組んでいます。外見からはわかりづらいせいで、患者自身や周囲の人々、医師さえも、その苦しみを理解できないことがあります。

私はナラティブ・インクワイアリーを用い、病いや障害を抱える人たちが、語りを通じてどのように自身の状況や経験を乗り越えていくのかを研究しています。さらに、こうした試練の中で、彼らがいかにして自分の人生を有意義なものにしているのかを理解したいと思っています。

この一冊

『Negotiating Bilingual and Bicultural Identities: Japanese Returnees Betwixt Two Worlds 』
(菅野康子/著 Lawrence Erlbaum Associates)

この本は、日本の大学へ進学するためカナダから戻った帰国子女たちの生活を、ナラティブ・インクワイアリーを通じて浮き彫りにしています。学術書でありながら、親しみの湧く個人的エピソードが読者を惹きつけ、小説を思わせる魅力があります。学術書でも理解しやすく、興味深い読み物になりうることを示す一冊。同じような経歴を持つ学生であれば、この帰国子女たちに共感し、その物語を一層興味深く受け止めるでしょう。

岡田 華子

  • 国際教養学部国際教養学科
    准教授

上智大学にて学士号(哲学・宗教学)、テンプル大学にて修士号および博士号(TESOL・応用言語学)を取得。研究領域はナラティブ・インクワイアリー、リフレクティブ・パーソナル・ナラティブ、マルチリンガル・アイデンティティーなど。東京都内のインターナショナルスクール教員、上智大学国際教養学部非常勤講師を経て、2014年より現職。

国際教養学科

※この記事の内容は、2023年6月時点のものです

上智大学 Sophia University