ICTで“社会の痛み”を取り除く研究。言葉の壁を取り除く医療系アプリ開発

社会情報が専門の理工学部の高岡詠子教授は、外国籍の人々が医療機関を受診した際に生じるコミュニケーション問題を解決するためのツールとして、多言語アプリを開発しています。“社会の痛み”を取り除く、人に優しい研究とは。

言葉や文化の壁によって正しいコミュニケーションがとれない。そんなときもICTを使えば、その壁を容易に取り除けるかもしれません。コミュニケーション問題は、多様性を認め合い誰もが積極的に生きられるインクルーシブな社会に向けて、優先的に解決すべき問題です。その解決ツールとなるソフトウェアを開発しています。

日本へ介護従事者として来る外国籍の人々が増加していますが、彼らの多くが抱えるのは、文化や言葉の違いから仕事になかなか慣れず、病院の受診も難しい、といった問題。そうした現実も後押しして、現在、外国籍の人々が日本の医療機関を安心して受診できるようになるための医療系アプリケーション開発に力を入れています。開発に当たっては、医療機関へのアンケートやヒアリングなども実施し、外国籍の人々の病院受診の問題点も明らかにしました。

現場の声を拾い上げながらアプリ開発

外国籍の人々が病院を受診する場合、通常は通訳を介してやり取りが行われます。外国籍の患者さんにしてみれば、体調も悪いなか、万全とは言えない説明だけで、問診や検査、輸血や手術の際の同意書のサインなどをするのはとても不安なもの。その不安やストレスを少しでも減らすことができないか。「多言語問診」「多言語検査」「多言語同意書説明書」の3つのアプリはそうした思いから生まれたものです。

「多言語検査アプリ」は、獨協医科大学埼玉医療センターとの共同開発です。学生たちとたびたび病院に出向き、放射線技師など現場の声を実際に聞きながら開発しました。デバイスの画面に、母国語と日本語併記で検査の説明が表示されます。CTやMRIといった機械の中に体ごと入って行う検査など、端末を持ち込めない環境では音声出力も可能。スマートフォンやタブレット、PCにも対応し、患者さんと医療従事者のどちら側からも使える仕様です。

「多言語問診アプリ」は各種問診票、「多言語同意書説明書アプリ」は各種同意書や説明書を母国語で読むことができます。いずれのアプリも英語、中国語、スペイン語などの主要言語をはじめ、充実させているのは、タイ語、タガログ語(フィリピン語)、ネパール語、インドネシア語などの東南アジア系言語。今のニーズに対応してのことですが、対応言語は今後も増やしていく予定です。

外国籍の介護従事者にとっては、日本の高齢者の話す「土地の言葉」もまた、大きな壁となっています。標準語もまだよく理解できていない外国籍の人々にとって、その土地の言葉を理解するのはさらに難しいもの。この点に注目し、難解な沖縄や和歌山の土地の言葉を翻訳するアプリも開発中です。土地の言葉はとくに若い日本人はその土地の人でも理解できないことがあることもわかってきました。「土地の言葉」と標準語の対訳などもアプリに盛り込んでいく予定です。

学外と関わり、多様な分野の問題意識を共有

研究ポリシーは「“社会の痛み”を取り除く、人に優しい研究」です。アプリ開発を介して学外の方々と関わり、ディスカッションする機会も多いですが、いろいろな分野の方と問題意識を共有することができるのはありがたいですね。まだまだ解決すべき“社会の痛み”はたくさんあると感じます。

学内でも、一般の方を対象とした「上智大学国連Weeks」というイベントのシンポジウムや、さまざまな文化に詳しい先生方との学部横断的なプロジェクトにも積極的に参加し、“つながり”を大事にしています。そこで深めた知見や問題意識をまた次なる研究、アプリ開発に生かしています。

ただ、せっかく社会に有用なアプリを開発しても、運用上の障壁となるさまざまな制度が存在します。その制度の壁にどう穴を開けるか。そこが一番悩ましいですね。運用に詳しい方々と組んで打破していきたい。それが今後の課題ですね。

この一冊

『落日燃ゆ』
(城山三郎/著 新潮文庫)

東京裁判で裁かれたA級戦犯で唯一文官だった広田弘毅の生涯を克明に記した名作です。困難な状況でも諦めずに平和への道を貫き、すべてを捧げて必死に生きた広田弘毅の生き様を、若い人たちにこそ知ってもらい、生きる糧にして欲しいと思います。

高岡 詠子

  • 理工学部情報理工学科 
    教授

慶應義塾大学理工学部数理科学科卒、同大学大学院理工学研究科計算機科学専攻博士課程修了。博士(工学)。上智大学理工学部准教授などを経て2015年より現職。

情報理工学科

※この記事の内容は、2022年6月時点のものです

上智大学 Sophia University