身近なのに謎だらけの沸騰の秘密を解明し、次世代エンジン開発に弾みをつける

自動車の走行に欠かせない冷却システム。伝熱工学を専門とする理工学部の一柳満久教授は、その効率化のためのヒントを沸騰現象に見いだしています。沸騰という身近な現象を掘り下げることでどんな成果が得られるのでしょうか。

運転中の自動車のエンジンは高熱を発するため、適度に冷却しなければその熱でエンジン自体や周囲の機器が破損してしまいます。いわゆるオーバーヒートです。一方で、燃費を向上させるには運転前のエンジンをあたためる暖機というプロセスが欠かせません。自動車が最高のパフォーマンスを発揮し続けるためには、エンジンとその周辺機器の温度を適切にマネジメントする必要があるのです。

そこで大きな役割を果たすのが冷却水です。冷却といっても、その温度は80℃以上。燃焼温度が約1726℃にも及ぶガソリンエンジンの熱を取り除くには、十分な温度差です。また、冷却水への熱の移動量をコントロールすることによって、エンジンの暖機を促進させることもできます。とはいえ、冷却水を積み過ぎると、その重量で燃費性能が低下してしまうし、冷却水を減らせば十分な冷却ができなくなってしまう。このギリギリのバランスを見極めるために、私が着目したのが沸騰現象です。

安全な沸騰と危険な沸騰、その違いをいかに見極めるか

沸騰現象には、核沸騰と膜沸騰という二つの状態があります。水の入った鍋が火にかけられている様子を想像してみてください。鍋底から気泡がポコポコと沸き立っている状態が核沸騰です。このとき、水に直接触れている鍋底の温度が100℃を大きく超えることはありません。ところが加熱を続けていると、鍋底に蒸気の膜ができることがある。これが膜沸騰です。鍋底と水とが蒸気の層によって隔てられてしまうと、鍋の温度はどんどん上がり続けます。

エンジンと冷却水でも同じことが起こります。膜沸騰が続くと冷却水から隔てられたエンジンは高温化し、部品の融解や破断にもつながりかねません。従って、いかに膜沸騰を防ぐかが温度をマネジメントする上でのポイントとなります。

ところが、核沸騰が膜沸騰へと遷移する温度である限界熱流束点を予測することは容易ではありません。冷却水が流れる冷却管の形状の違いはもちろん、管の表面についた小さな傷など、些細な条件の変化で限界熱流束点が変化するからです。その身近さに反して、沸騰という現象はまだまだ謎のベールに包まれています。

水冷式のあらゆる機械の効率化に応用できる

そこで私たちの研究室では、自動車の冷却管を模した実験装置を構築し、エンジン内で熱エネルギーがどのように伝達されていくのかを計測。限界熱流束点の新たな予測モデルの確立に取り組むとともに、沸騰現象そのものの解明とモデル化に挑んでいます。この研究によって、自動車の低燃費化、ひいては二酸化炭素排出量の削減に貢献できれば嬉しいですね。

将来的にガソリンエンジンではなく、バッテリーとモーターで走る電気自動車が主流となったとしても、私たちの研究の意義は薄れません。バッテリーやモーターも、冷却水による温度のコントロールが欠かせないからです。もっと言ってしまえば、自動車に関わらず水冷式のあらゆる機械に活用できることが、この研究の強みだと自負しています。

理工学は、産業と深く結びついた学問分野です。だからこそ私たちは、単に真理を探究するだけではなく、世の中の役に立つ研究をしなければならない。高校生のときに機械工学の研究者を志して以来、今も変わらない私のモットーです。

この一冊

『解きたくなる数学』
(佐藤雅彦、大島遼、 廣瀬隼也/著 岩波書店)

さまざまな物理現象を数学で表現するとどうなるのか?そんな一見すると難しそうなテーマを、思わず解きたくなる問いと美しいデザインで表現した一冊。数学に興味がある高校生だけではなく、数学が何の役に立つのか疑問に思っている高校生にも、ぜひ手に取ってほしいです。

一柳 満久

  • 機能創造理工学科 
    教授 

慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科卒、同大学院理工学研究科後期博士課程修了。博士(工学)。東京大学大学院工学系研究科特任研究員、上智大学理工学部機能創造理工学科助教、同准教授を経て、2022年より現職。

機能創造理工学科

※この記事の内容は、2023年5月時点のものです

上智大学 Sophia University